①隣街への冒険
「それじゃぁ、おじさん、おばさん。行って来ます」
翌日。
朝食を済ませた宿泊客達を見送った後、アイダとリールは支度を整えて店を出た。
既に店の前では自前の荷馬車が待機しており、リールが早く出発したいと馬車に乗り込み、手綱を握っている。
「ショーゴ、早く!」
「分かってる。ちょっ、待てって」
何度も同じ言葉が背中に向かって放たれ、その度にアイダが振り返って同じ言葉を口にする。
アイダは店の前で見送るコレード夫妻に体を向けた。
「アイダ君、リールを頼むよ?」
「えぇ。ただ、自分の方がお守をされそうな勢いですが」
後ろ髪を掻き、二人で笑い合う。
一通り笑い終えると、コレードは神妙な面持ちで一振りの短剣を静かに差し出した。
「あの時のように、万が一という事もある。持って行ってくれ」
「………分かりました」
アイダは小さく胸を締め付けられる思いがした。旅人が通る一般的な道とはいえ、トラブルが全くないと言い切れないのがこの世界である。
脳裏にリール達が襲われた『あの時』がふと思い出される。
アイダは小さく頷き、包丁と同じ長さをもつ一振りの武器を受け取った。そして、背中のベルトに鞘ごと噛ませると、コレードからもらった薄いコートでその姿を隠す。
「それじゃぁ………行ってきます」
小さく頭を下げ、アイダは荷台へと乗り込んだ。
「しゅっぱーつ!」
リールが勢い良く手綱を弾く。景気の良い馬の鳴き声と共に、馬車は東にある隣街を目掛けて動き出した。
その途中、落し物を拾う。
「ショーゴ、知り合い?」
「自称、愛の伝道師らしい」
アイダは適当に答えた。
「アイダ君、それは酷くないかい? あと、お嬢さん。昨日のお客さんくらい覚えてないのかい?」
自称、愛の伝道師ことロデリウスは、眉を下げながら苦笑している。
馬車が村を出てから森の中を一時間、二時間走らせた所で、手を振る疲労困憊の人間を見つけてしまったのである。




