④魔法の沙汰も金次第
「おいおい、お姉ちゃんよぉ! ちょっと高いんじゃないか!?」
相田はまだ何も叫んでいない。声は前に立っていた腕毛の濃い中年男から、短い茶髪の女子学生に向けられたものだった。
女子学生は大人の荒げた声にも動揺せず、手慣れた口調で『大丈夫』だと営業スマイルを見せつける。さらに、これ見よがしにと男に顔を近付け、他の客にも聞こえるような上下に揺れる甘い声で囁き始めた。
「大丈夫です! もしも目標の人形を燃やす事ができたら、なんとお金が倍になって返ってくるんですよぉ?」
「はぁ!? 倍だって!? だ、だけど………俺は魔法すら出した事がないんだぞ?」
それも大丈夫。女子学生は細い指の先から、小さな火を灯してみせた。
参加者の列からどよめきが起きる。
「この魔法修練所は誰もが魔法に慣れる為に、少ない負担で出せるような結界が張られています。で・す・か・ら、誰でも魔法が出せます。まずは練習していただいて、最後に修練所の奥にある人形に当てて燃やせたら成功! お金が二倍になって返ってきます!」
最後に片目を閉じて笑顔を振りまく。どれだけ練習したのか、女子学生の口から小慣れたセリフが、自然体で放たれていく。
「よ~し、それじゃぁ、おじさんは上級者を頼んじゃおっかなぁ!?」
「ありがとうございまーす! では参加料で金貨一枚を頂きます!」
法外な額が男の指先から女子学生の手の平へと納まっていく。
周囲の驚きを余所に、胡散臭そうな目で見る相田。
それにしても、参加費が倍になって戻ってくる事は悪くない話であった。その効果は絶大で、目の前でやり取りを見ていた参加者達の瞳は、既に金色に変わり始めている。
そうこうしている内に、相田の前の集団、先程の中年男を含めた三十人が、一気に修練所へと入っていった。
―――十数分後。
「おっしゃぁー! 上級者コースをクリアーしたぞぉ!」
しばらくして聞いた事のある中年男の声が、修練所内から飛び出して来た。そして男が陽気な笑顔で飛び出てくると、増えた金貨をこれ見よがしに掌から宙に浮かせては握る事を繰り返しながら相田の横を通り過ぎ、意気揚々と帰っていった。
他にも残念そうな顔や、うまく銀貨を増やせたと笑いが止まらない男達が、参加者の列の横を次々とすれ違っていく。
「………成程ね」
相田は概ねの流れを悟った。
先程の中年男は、観客をその気にさせる『サクラ』に違いないと見極める。魔法に縁のなさそうな男が出来たのだから、自分も出来るに違いないという、短絡的で想像力の乏しい客から金を巻き上げるための小賢しい出来レースである。
「………甘いな。俺は騙されんぞ」
金貨が一枚でも稼げれば、初心者コースの人間を半分以上合格させても十分に利益が出る。仕組みとしては悪くないが、元大学生の相田にとって、この程度の絡繰りに気付く事は造作もなかった。




