②シモノフの大関所
王都を出発して二日目。
相田はサジーンから馬車の手綱を代わり、その移動の中で使用人としての立場や、サジーンの設定、使用人と主人との関係等を打ち合わせた。
「さぁ、確認するネ。君の名前と立場は?」
「あ………アイダ・ショーンです。行商人サジーン様の見習い兼、使用人として仕えさせてもらっています」
サジーンがよろしいと頷く。元々彼は相田の名前を『アイーダ』にしようと考えてたらしいが、相田はそれを全力で拒否し、今の名前で落ち着かせる。
「旅の目的は?」
「ウィンフォス王国で仕入れた加工食品の転ば………いえ販売と、カデリア王国の名産品を購入する事です」
サジーンは荷台の上でキセルを吹かせながら頷く。
「サジーンの好きなものは?」「お金と肉製品です」
「嫌いなものは?」「貧乏と、生野菜です」
「ふむ。まぁ、大丈夫そうアルね」
サジーンは何度か頷くと、荷台から垂れた体を出し、手綱を握る相田の隣にどかりと座り込んだ。
進行先では馬車と人の行列が道に並行するようにできており、高い壁の中にある大きな門を通ろうとする順番を待っていた。
「これが、シモノフの大関所ですか。話には聞いていましたが………いや、これは随分とまた大きいですね」
相田は遠くを見るように、伸ばした手を額にもっていく。
行列は数百メートルまで伸びているが、それでもうっすらと二つの巨大な門がそびえている事が分かる。しかも地平線が消えるまで横の石壁が続いており、それはまるで万里の長城を思い起こさせる。
サジーンが言うには、この大関所はウィンフォス王国とカデリア王国が共同で作り上げたもので、左右にそびえる扉のそれぞれが一方通行で通る仕組みとなっている。そして、それぞれの出入口で互いの国の兵士から検問を受ける為、毎日が混んでいる。最悪、整理券をもらって関所前の街で一泊するという旅人や商人も少なくない。
「この流れだと、ここで一泊になりそうですね」
「いやいや、時は金アルよ」
サジーンは行列を整理している兵士に声をかけて呼びつけた。呼び出された若い兵士は嫌な顔せず、こちらに近付いてくると『何か御用ですか?』と定型文で尋ねてくる。
「兵士さん。この流れだと、あとどれくらいかかりそうアルか?」
「そうですねぇ………」
若い兵士は門とここまでの距離を眺めると、よくて日没、最悪出直しての早朝になるかもしれないと答えた。
相田は手綱を持ちながら前を向き続け、若い兵士と同じ結論に達する。
「私の名前は『サジーン』というアルね。済まないけど、部隊長さんに私の名前を伝えに行ってもらえないアルか?」
サジーンは他の人には見えないように一枚の銀貨を兵士の手のひらに乗せようとするが、若い兵士は部隊長がいる街の詰所の方を向くと、申し訳なさそうに手を左右に振った。
「申し訳ありません、規則ですので」
若い兵士は銀貨の意味を理解したようだが、それをやんわりと断る。
「まぁまぁ、そこを何とか」「ですから………」
サジーンも負けずに拝み通そうとするが、若い兵士は詰所まで行くのが面倒なのか、本当に律儀な性格なのか、一向に譲らない。




