⑪意味のない優しさ
「いや………何か根拠があっての話じゃないんだが。最近のお前が必死になりすぎている気がしてな」
デニスは蛮族達の奴隷を買い取り、解放していた件を持ち出した。
相田の視線がゆっくりと下がっていく。
「蛮族と呼ばれてはいるが、コルティは良い娘だ。お前のやろうとしている事の気持ちも分かるとも言っておく。そして、お前が優しい男だという事もだ。この四ヶ月で俺はお前の事を十分に理解してきたつもりだ」
その上で、言い辛そうにしていた言葉をデニスが放つ。
「今の内に言っておく………お前のやっている事は度を越えている」
デニスが額に手を当て、顔をなぞるように大きな手を鼻、口元へとなぞる様に降ろす。そして言葉と言葉の間に空白を作りながらも話を続けた。
「戦いの中で一匹、二匹を同情から見逃す事はあるだろう。だが、自分で稼いだ金を投げ捨ててまで蛮族達を解放しようとしている事にな………俺は心配している」
「………彼らも戦争の被害者です。隊長はそうは思いませんか?」
裏道を歩く痩せた犬を見て可哀想だと思っても、檻の中に入れられ傷付いたままの蛮族を同じ目で見られない。敵にも味方にも戦争の被害者がいる事実を知る事は、重要ではないのかと相田は訴えた。
「犬は武器を持って村や町を襲ったりはしない。お前のいた世界で、奴隷制度がどのようになくなったのか、簡単にだがロデリウスからも聞いている」
隊長は相田に目を向け、語るように言葉に強弱をつける。
「どちらも戦争の被害者だというお前の言葉は理解できる。確かにその通りだ。視点を変えれば蛮族達にも家族や仲間がいて、奴らなりのルールの中で楽しくやってきたのだろう」
「そこまで分かっているのなら、隊長―――」
「だが、お前がしている事はただの自己満足だ。残念だが戦争の被害者を救おうとするお前の目的には繋がっていない」
デニスが相田の言葉を切ってでも、自分の思いを訴えた。
「………どういう意味ですか?」
偽善、自己満足。今まで散々に言われてきた言葉ではあったが、結果として一人でも多くの蛮族を、自分の助けられる範囲の中で助けている。必死にやって来た事だけに、それがさも悪い事の様に聞こえた相田は、彼からの言葉は聞き流せなかった。
だがデニスは、首を静かに振り続ける。
「こればかりは言葉ではなく、経験しなければ分からないだろう………だが、答えを見い出せずに惰性で進み続けた場合、行きつく先に待っているのは『全員が不幸になる』事だけだ。俺はお前には、そうなってほしくない」
最後の言葉は優しく弱々しかった。今説いても引かないであろう相田の表情を見極めたデニスは、自分から議論を終える事にした。
「………俺は、それで妻を亡くしている」
「えっ?」
相田の感情が大きく動かされる。
だが、その続きをデニスは話さなかった。
そして酔いが回ったと立ち上がる。
「済まん。言い争うつもりはなかった。どちらにせよ、お前は明日以降の任務に集中する事だ。先の事を考えるのは俺とシリアの仕事だからな」
「………はい」
変な話をして悪かったとデニスは相田に向かって小さく手を見せると、向こうで美味い物でも食って来いと金貨を一枚置いていった。それは祭りに行く子どもへの小遣いを渡す親のように、そして恥ずかしさを隠すように自室へと戻っていく。
『ご主人様、お風呂の準備ができたそうです』
タイミングを見ていたのか、コルティが背後から声をかけてきた。相田はデニスの言葉を心に留めると、無言のまま立ち上がり、彼女からタオルを受け取った。




