②俺はそうならねぇ(第一部完)
捕虜か、それとも奴隷として扱われるのか。少なくとも傷病者として人間が手を差し伸べた訳ではない事は相田にも分かっている。
ファンタジー世界だと喜べない別の側面を、相田は目の当たりにしていた。
檻の中で膝に顔をうずめていた猫人間が僅かに顔を上げ、相田と目が合う。
何故かは分からなかったが、相田には猫人間が女性だと分かった。
―――タスケテ。
そう口が動いたようにも見えた。
瞬間、猫人間の頭に石が当たる。
相田が視線を向けると、投石をしたのは、みすぼらしい服を着た少年とさらに幼い少女だった。
「俺は今、何を見ているんだ」
思わず息を呑む。
国民達は蛮族達の敗北を心から喜んでいたのである。
商人は安心して商いが出来ると贅沢な料理の前で大きな手を叩き、老婆は蛮族達に殺された息子夫婦の仇が取れたと騎士団に向かって手を擦り合わせて号泣している。親を蛮族に殺された子ども達は、檻に向かって石をいくつも投げつけ、誰が多く当てられるのかを競い合っていた。
それを止めようとする者は皆無。全てが一個の劇場であった。
「これが、戦争なのか」
思わず、相田の口から心が漏れる。
銀龍騎士団が後に続く。相田は馬上のロデリウスの視線に気付き、静かにその場を離れる事にした。
―――おかしいと思う自分が、おかしいのだろうか。
店の中に戻った相田は唇を噛むようにそっと口を閉じ、目の前の現実と自分の中の道徳心や倫理観とを何度も往復させた。
目の前の蛮族達が可哀想だと同情する事は簡単である。奴隷や差別は良くないと考える事はもっと簡単であった。だがそれを口にして、果たしてここにいる人々が共感し、理解し、納得するだろうか。大切な人を無残に殺された人々にとって、相田のそれは偽善と映り、商売で生活を立てている人達からすれば、無責任に映るに違いない。
常時では歪んだ思考が異端とされ、戦時では常識的な思考が異端とされた。
それが戦争がもたらす全てだった。勝者はあらゆる事が正当化され許される。敗者はあらゆる事が過ちだと責められ、全てを奪われる。
そして国民達は、それらを定型文として自分の気持ちや思考に上書きし、無条件に共感し、満足する。
まさに『勝てば官軍』。
昔の言葉の重みを、相田は鳥肌を立てながら思い知った。
「おかしいのは俺なのか………それとも―――」
今まで相田が培ってきた元の世界の歴史や、そこから学んだ人類の経験の意味を本気で考えている自分がいる。相田は両手を前で組み、答えのない答えを導こうとし続けた。
そして決断する。
「―――俺はそうならねぇ」
もしも、この世界に飛ばされた意味があるとするならば。相田は自分の感情と理性に従う事にした。
「世界か神様か、それとも悪魔の仕業か………どんな目的かは知らない。知らないが、俺をここに呼びつけた以上、お前達には責任を取ってもらうぞ」
相田は白くくすんだ空を見上げた。
間もなく雨が降る。
それは小さく静かな雨。
そして、長く振り続ける雨であった。
第一部「異世界の洗礼」完




