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Lost12 優しき青年は、冷酷な魔の王になれるのか  作者: JHST
第一章 余所者が一人
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⑧兄妹

「ふぉぉぉぉぉ………疲れた」

 アイダは自分の部屋に戻ると、そのままベッドへと倒れこんだ。食堂での仕事を終えた後は厨房の片付け、隙を見てリールと共に宿泊客のベッドメイキング。食堂を閉めてからは店内の清掃と明日の分の棚卸しや仕込み等、毎日の日課を淡々と過ごす事に追われた。

 寝転がったまま引き出しに手を伸ばし、隠していた腕時計を天井に向ける。

 針は夜の十時を指していた。


「駄目だ………お、お湯を………つくらないと」

 この世界の風呂は薪や水を大量に使用する為、普通の宿屋には常設されていない。どうしても熱い湯に浸かりたい場合は銭湯を利用する。それ以外は洗面器にお湯を用意し、安物の石鹸や匂い消しを付けた布で体を拭く程度で終える。

 日本人のアイダにとって、風呂のない生活は考えられず、二,三日に一度は必ず銭湯に入り、心身の洗濯を済ませる事にしている。その為、お金が溜まらない要因の第一位を不動のものとしていた。


「………むぅ」

 アルトが用意してくれた新しい白いシーツの匂いと心地良さの誘惑に全てを委ねたくなる。

 それでも、アイダは数秒後には思い切って起き上がった。


「ショーゴ、お湯持ってきたよー」

 ノックもなしに若草色のパジャマ姿のリールが扉を開けてくる。彼女はお湯の入った木製の洗面器を両手で持ち、扉を肩で押しながら入ってきた。

「あ、机の上に置いておくから」

「お前なぁ………一応ノックくらい、あ、こらっ!」

 ほんの先程までリールも体を洗っていたのだろう。彼女は濡れた髪を乾かそうと丁寧にバスタオルで拭きながら、人のベッドの上に尻から飛び込んだ。


「………俺のベッドが濡れるだろう」

「じゃぁ、手伝ってよ」

 リールは頭の上にバスタオルを乗せ、丸くなっている背中をアイダに向ける。

「まったく………」

 腰に手を当てて溜め息をつく。

 仕方なくリールの後ろに座ると、アイダは彼女の頭の上にあるバスタオルを手に取った。そして濡れてくっついている赤い髪を拭き、空気を髪の間に入れ込みながら乾燥させていく。

 最後はいつの間にか机の中に常備するようになった彼女の櫛を手に取り、リールの長い髪を丁寧に何度もすく。


「んふぅ」

 満足そうな彼女の声が前から聞こえてくる。

「………面倒ならいっその事、髪を短くしたらどうだ?」

 髪が櫛に絡まないように、彼女の髪をゆっくりと伸ばすアイダが小さく呟いた。

 女の子特有というべきか、花のような甘い香りが空気を通じて広がって行き、髪を広げる度にアイダの鼻を刺激する。

「………ショーゴは短い方が好き?」

「んー。いや別にどっちでもいいけどな」

「あっそ」


 会話が止まる。


「そこで黙るなよ。何だ?  あー、成程。気になる男の子でも出来たな?」

「ば、馬鹿っ! 違うわよ!」

 振り返っての即答にアイダは口元を緩めると、『そうかそうか』とせっかく整えたリールの髪を激しくバスタオルで擦った。


「ちょっ、やだ髪が乱れるっ!」

「隠すな隠すなっ!  青春だねぇ。いいねぇ!」

「もう、違うってばっ!」

 リールはアイダから無理矢理バスタオルを奪い返すと、ぼさぼさの髪のまま勢い良く部屋を飛び出して行った。


「ふっふっふっ。からかい甲斐のある奴め」

 最初こそ、どこか品の良い可愛い女の子と思っていたアイダであったが、いざ一緒にいるとがさつというか、良く言えば元気過ぎており、悪く言えば短気でからかい甲斐のある性格だと分かった。

 元の世界では母親を早くに失い、一人っ子の父子家庭となったアイダであったが、彼女の様な妹をもてば毎日が明るく楽しくなっていただろうと、目が穏やかに細まっていく。

 一人になり、ゆっくりとベッドから立ち上がったアイダは、窓やドアに施錠を済ませると、リールが用意してくれたお湯の中に手を入れた。


「おい、ぬるいぞ」

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