③成長への実感
「はっ! そう来たか!」
「行きます!」
相田は両手を中から外へと広げ、三本のナイフを一斉に解き放つ。ナイフの投擲速度はシリアをイメージしただけに、無駄のない鋭い速さでザイアスに向かった。
「いい速さだ!」
ザイアスは迷う事なく後方に大きく飛ぶと、左の籠手で飛んできたナイフを一気に打ち払う。
しかし、相田はそのままでは終わらせない。
「まだまだぁ!」
眼の奥、頭の中に力を籠める。
相田は地面に刺さったナイフ、転がっているナイフ、木に刺さっているナイフに次々と視線を向けた。これまでシリアが投げてきたナイフの総数は二十本以上。相田はその全てのナイフを宙に浮かせた。
しかし、これだけの本数を動かすにはまだまだ集中と想像力が足りていない。黒い楯のように、技の威力を増幅させる為に、言葉が必要であった。
「ジャック―――」「はい、それまで」
相田の背後に何かが押し付けられる。
「あ」
振り返ると、革鎧に一本のナイフが刺さっていた。
相田は自分の後ろにシリアがいた事を思い出す。同時に、浮いていたナイフが糸が切れた人形のように次々と地面に落下していった。
「………すいません、後ろにいた事をすっかり忘れていました」
「途中までは良かったんだけどねぇ」
首を傾けながら苦笑する彼女は、相田の背中に生えているナイフを引き抜くと、自分の正面に立たせて肩や足の傷を確認し始めた。
「悪かったね。大丈夫かい?」
「あ、はい。大丈夫です………あ、痛てててて」
訓練が終わった途端に痛みが増してくる。
「ほら、座りな」
シリアは相田の肩を叩いて無理矢理座らせた。
「こっちとしては一瞬ドキリとしたがな。ほらよシリア」
ザイアスも相田の近くに寄り、シリアに自前の傷薬を渡す。薬を受け取った彼女は、相田の傷口に白い軟膏のようなものを塗り始めた。薬が相田の傷口に入り込み、赤と白が混ざり合いながら痛みが大きくなる。
「でも出血の割には、傷口が浅いようだね」
「そ………そうなんですか?」
痛みが大きくなったと相田が答えても、しばらく仕方がないとシリアに流された。
「それもお前の力かもしれないな」
ザイアスが珍しく真面目に語る。
「俺の正面からの拳を二発も受け止められたのは、盾以外の力も無意識にはたらいていたんだろう。そうじゃなければ、お前は盾と一緒に潰されていたか、吹き飛ばされているはずだぜ」
「成程」
一理ある。
盾で受け止められると強く思う事が、自分自身に届かない攻撃だというイメージが並行してはたらいていてもおかしくはない。
「だけど、集中すればする程、周囲への注意が散漫になる事は無視できないね」
シリアは自分の腕に巻かれているさらしを適当な長さに千切り、相田の傷口を巻く為の包帯代わりにした。
「よし、これで大丈夫」
「ありがとうございます」
相田はお礼を言って立ち上がると、改めて刺さった痛みが全身から頭へと集まっていく。ナイフはもう刺さっていないはずだが、まるで何かが傷口に詰められているような痛みが走る。
「一対一なら、それなりに通用するかもしれないが、集団相手じゃまだまだって事だな。ま、精進あるのみだ。がははははは」
「早々、達人の様には動けませんって。あ、傷薬ありがとうございます」
巻いてもらった包帯の締まりを確認していた相田が、大声で笑うザイアスに傷薬を返す。
相田は自分の手のひらを見つめると、それを握りしめまた開く。これを何度も繰り返した。
「………ようやく、できた」
笑みを堪えながら手を握りしめる。厳しい訓練を続けた成果として、これ程嬉しい事はなかった。思わず相田は口元が緩みそうになるが、それは油断でも自慢でもなく、必死にやれば出来るという達成感と自信が込み上げた末の結果であった。
「さぁ、飯だ飯! 戻って昼飯にするぞぉ」
ザイアスが大きな両手を上げて背筋を伸ばした。
「今日はあんたの方が苦戦してたから、昼の皿洗い決定ね」
シリアの言葉に、彼はそんなルールがあったのかと真面目に受け止め、指を鳴らしながら悔しがっている。
勿論、そんなルールはなかったが、相田は敢えて口にしなかった。




