第一話:神々に愛されし者は、静かに暮らしたい
「——目が覚めたか」
低く威厳のある声が響いた。
意識がぼんやりとしたまま、俺——相川直人 は目を開ける。
目の前にいたのは、まるで神話の神々を思わせるような壮麗な人物たち。
金色の甲冑を纏う者、白いローブに身を包む者、炎を背負う者、星を纏う者——その全員が俺を見下ろしている。
「……は?」
状況が理解できない。
最後に覚えているのは、残業帰りにコンビニへ寄り、家でビールを飲もうとしたこと。
それがなぜ、こんな神々しい場所で寝転がっているのか。
「お前は死んだ」
そう告げたのは、長い髭を蓄えた老人だった。
圧倒的な威厳を感じさせるが、俺は混乱していた。
「いやいや、待って待って。俺、ただのサラリーマンですよ? 死んだ? なんで?」
「そなたは異世界『エルドファルザ』へ転生することになった。そして——」
老人が手を広げると、周囲の神々が俺を囲むように歩み寄る。
「我ら十柱の神々すべての祝福を受けし者」
「……え?」
「そなたは**“神々に愛されし者”** となったのだ」
———いやいや、ちょっと待て。
異世界転生? それはまあ、漫画とか小説でよく見るやつだ。
だが、俺がそんな主人公ムーブするわけがない。
しかも、いきなり全員の祝福って何? チート確定?
「いや、いらんのですけど」
「……なに?」
俺の即答に、神々が一瞬静まり返る。
「いや、俺、そんな大層な運命いらないんで。普通に、のんびり暮らしたいんですよ」
「……」
十柱の神々が、俺をじっと見つめる。
その表情は、「何を言っているんだこいつは?」とでも言いたげだった。
「お前は選ばれし者なのだぞ」
「でも、俺、戦いたくもないし、勇者にもなりたくないし……とにかく平和に生きたいんですよ」
神々は顔を見合わせると、ため息をついた。
「——だが、お前は世界にとって特別な存在となる。お前が望まずとも、周囲はお前を英雄として扱うだろう」
「……そんなの、めんどくさい」
静かに暮らしたい。
もう残業だらけの生活には戻りたくないんだ。
俺はただ、平穏な生活を——
「ならば、お前がこの世界をどう生きるか、見せてもらおう」
———そして、俺は異世界へと送り込まれた。
だが、このときの俺はまだ知らなかった。
俺が「静かに暮らしたい」なんて、世界が許してくれるわけがないことを——。
(第一話・完)
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