ステッチ・ガールーー東方レコンキスタ2
本作は『東方レコンキスタ』の続篇です。まずは前作をお読みください。
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いつ頃だったか、『東方紅魔郷』というシューティングゲームが同人市場に流れたのは。そして『東方妖々夢』、『東方永夜抄』と次々と続篇がリリースされていった。作者は「上海アリス幻樂団」。以上の作品群は「東方project」と呼ばれた。そして「ニコニコ動画」が登場したニ〇〇六年以降、「幻想入り」動画が続々とアップロードされると時を同じくして、「失踪者」が相次いだ。このことから、どう考えても「幻想郷は実在する」としか思えなくなった。
警視庁は上海アリス幻樂団を徹底的に洗った。そして分かったのは、上海アリス幻樂団とはZUN氏が主宰する個人サークルであることと、そのZUN氏は百年前に亡くなっていること。彼は何者か。なぜ今になって作品が流通し出したのか。彼が残した東方projectとはいったい何か。喧々諤々の議論が交わされたが謎は謎のままだった。
そして時に二〇二五年、政府はついに重い腰を上げた。幻想郷の位置を特定し、これを消し去ること。政府直轄組織〈ゲルフ〉を結成し、この任務に当たらせた。博麗大結界を破れば、幻想郷は「形」を失い消滅するはず。まずはダミーの幻想入り動画を日本各所でアップロードし、「失踪」するタイミングの差異から位置を特定した。次に僧を集めアンチ結界の経を詠唱させた。これは成功し、結界を弱体化するまでに至った。「幻想郷」が意味消失すれば、必然的にその住人たちの「能力」も失われる。ここまではよかった。しかし住人たちの激しい抵抗によって計画は失敗した。特筆すべきは「薫子」の存在だ。彼女の異常な能力のせいでゲルフは壊滅的な打撃を受けた。しかし彼女はどの作品にも登場しない。おそらく「幻想入り」したひとりなのだろう。だがそれにしては彼女の能力は強力すぎる。ゲルフはいま組織を立て直し、打倒薫子の策を練っている。
時に二〇三〇年四月、すなわち現在。幻想入り対策のアイデアは浮かぶことなく、またZUN氏の正体もつかめず、予算も大幅に削減され、ゲルフは閑散としていた。
今日は新入生が一人来るという。大葉カナコは訝しんだ。なぜ今さら新入りが? ゲルフはこのまま自然消滅していくものだと考えていた。カナコも満身創痍でもう幻想郷などどうでも良くなっていた。
朝十時、すなわち出勤の時間、その新入りが現れた。「今日からお世話になります。一ノ瀬ユイと申します」一ノ瀬さんはなんとも奇妙な風貌をしていた。まず、相当なデブである。そして、身体中に縫い目が走っている。どういう人生を送ればこんな身体になるのだろう、とカナコは思った。
その翌日、いつものように一番乗りに出勤したカナコは、同僚の竹林アキラの死体を見つけた。身体中にナイフが刺されている猟奇的な光景だった。カナコはすぐに通報し、やってきた警官たちが死体の側に置いてあった文書を拾い上げた。曰く、「一人目。ZUN」
その後もZUNを騙る殺人鬼によってゲルフ職員が次々と犠牲になっていった。カナコは出勤せず、家に引き篭もるようになった。あそこにいたら殺される……! 引き篭もること三日、玄関のチャイムが鳴った。宅配なら置き配に設定している。殺人鬼がわたしのアパートを特定したのかもしれない。カナコは恐怖で出られなかった。すると、ドンドン! とドアが叩かれ、「助けて! ZUNに殺される!」一ノ瀬ユイの声がした。次は一ノ瀬さんの番か。カナコはおずおずとドアを開けた。その瞬間ーーナイフがカナコの腹に刺し込まれた。「い、一ノ瀬さん……。あなただったの……」「そう。あなたで最後。これがわたしの東方project」
一ノ瀬ユイは語り出した。カナコは朦朧とする意識の中でそれを聞いた。「日清戦争を経たZUNは、平和になったであろう百年後の未来へ向け、予言を残した。高度情報化社会とニコニコ動画の発明を。そして、幻想入りによる日本のユートピア化を目指した。それが東方project。わたしはZUNの家系のもと産まれた。東方シリーズをゲーム化し、市場に流したのはわたしの両親。そしてわたしの使命は反幻想郷組織であるゲルフの解体」そこで彼女はもう一本のナイフでカナコの腕を刺した。「がっ……」「大丈夫。次でトドメを刺してあげる」そう言うと、一ノ瀬ユイはカナコの眼球にナイフを突き刺した。
やった……。やり通したよ、お父さん、お母さん、そしてZUNさま。わたしはナイフで身体の縫い目を剥いでいく。これでわたしが消えれば、東方projectは媒介者なき匿名の模倣者たちによって完成される。わたしはピリピリと全身の皮を剥いで、気を失った。
日本社会の幻想入りは続いていく。政府は匙を投げ、ゲルフを組織解体した。
◇
「なんかさー、さいきん幻想入りする人間が増えているのよ。いちいち元に戻してやるのも面倒になって、もうそのままにしちゃっているけど」霊夢が言った。わたし、こと薫子は博麗神社に居候させてもらっている。なんでも、先の戦いでのわたしの活躍を綴った新聞が射命丸文によってばら撒かれ、わたしのことを現人の神だのなんのって神格化されちゃったのを、耳ざとい霊夢が聞いて博麗神社に祀りやがった。そして霊夢の計画通りに参拝客が増え、お賽銭もガッポリと。わたしはまあ、生活に困ることもなく自由にしてもらっているから別に文句はないけれど。「まあわたしも当事者だから、別にいいんじゃないとしか言えないなあ」そこで魔理沙とアリスがやって来た。「よう、霊夢に薫子。今度パチュリーも誘ってお茶会するからお前らも来いよ」と魔理沙。わたしは「行く行く! 実はお誘いを待ってたの。ありがとう!」と快諾した。
わたしを幻想郷に導いた誰かさん。わたしは幸せだよ。ありがとう。でももう戦争は御免だからね。
(了)