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『八十年目の恋〜タイと日本の大福餅〜』  作者: 十夢矢夢君ーとむやむくんー


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EP16. 時を超えて繋がる愛の絆

第二次世界大戦の終息を迎える中、祖父・泰三とタイ人女性マリーの間に芽生えた深い絆。戦争の影響でその愛は秘められたまま時が流れ、泰三の死後、孫の泰地と恋人クワンがその真実に迫るー。二人の旅路にはお互いの祖父と祖母が大切にしていた記憶と、愛する人と共に二つの国と心を繋ぐ未来への希望が芽生えていくー


 ある日、キッチンでコーヒーを淹れながら、クワンが提案した。


 「泰地、もう一度あの場所に戻ってみない?あの時みたいに自然の中で、二人だけの時間を過ごしたいの…」


 泰地は紛争地域での医療活動で負傷したのち、任務を解かれ特別に養生のための休暇を与えられ、バンコクの自宅に戻っていた。


 ソファに浅く座りながら、ぼんやり携帯を見つめていた泰地は少し考えた後、ゆっくり頷いた。


 「クワン、日本に行ってみない? 僕の故郷‥‥‥ニッポン!」


  クワンは少し驚いたように肩を上げた。泰地へ運んできたマグカップからコーヒーがこぼれそうになった。彼女は泰地の静養中、仕事帰りや休日の日に泰地の部屋へ来て、いろいろと世話をしていたのだ。


 「ニッポン?」


 「うん、日本。行ったことある?」 


 泰地はクワンからカップを両手で受け取り、彼女の手の甲にキスをした。


 「いいね、日本。あなたの国、日本を見てみたいわ」


 そう言ってクワンもソファに腰を下ろし、泰地のコンドミニアムの20階の部屋から、排気ガスで霞む都会のビルの森を眺めた。


 「ホンモノの雪がみたい、お餅も食べたい!」


 いたずらな少女のような可愛らしい笑窪を見せてクワンは泰地の頬にまたキスをした。


 「そうと決まれば善は急げ、かな‥‥‥」



 機内の窓から日本の紅葉に色づいた、美しい山脈が見えてきた。窓に額をくっつけて眼下の美しい景色を見ながら、クワンは泰地に教えてもらった日本語で「キーレイ!」と何度も言った。それを聞いていた泰地がクワンの腕を突いた。


 「何よ?何が可笑しいの?」


 「だって、“キーレイ”はタイ語では“汚い”っていう意味だろ?君の発音がタイ語っぽくて思わず笑ったんだよ、ごめん、正しい発音は“きれい”、きーれい、と伸ばしちゃだめだよ」


 飲み物を持って来てくれたタイ人のCAもクスっと笑って、


 「Enjoy Japan!日本をお楽しみください」と言って去っていった。


 空港に降り立った二人は、ターンテーブルの前でスーツケースが出てくるのを待っていた。クワンがしきりに「寒い、寒い」というので、泰地はリュックの中からパーカーを取り出しクワンに着せてやった。


 「寒いわ、日本の空港ってどうしてこんなにクーラーを利かせてるのかしら?」


 彼女は真顔で言ったので泰地はまたクスクスと笑いだした。


 「あのなぁ、ここは日本で今は冬だよ、クーラーなんかつけてないよ、タイとは気温差が30度以上あるから、体調崩さないように気を付けてくれよ」


 泰地は、いつも気丈に振舞うクワンが、意外にとぼけたことを言ったのを改めて可愛らしいと思った。


 到着ロビーに出ると、泰地の父の泰男が手を上げて出迎えた。


 クワンが両手を併せて、泰男に向かってタイ式の挨拶を、両膝を斜めに折り曲げて深々と挨拶をした。


 「サワッディ・カ!ハジメマシテ!」


 泰男はクワンのタイ式の年配者に向けてする、尊敬の意味のある挨拶の仕方に思わず焦ってしまい、何かの動画で覚えたのだろうか、両手を目の下あたりで併せて日本式にお辞儀をした。


 「あぁ、ハロー!えっとなんだっけ、ああ、サワッディ・カップ!ウェルカム・トゥ・ジャパン!」


 泰男は精一杯の挨拶をしてみせた。


 「お父さん、久しぶり!元気そうだね、その挨拶の仕方、どこで覚えたの?結構決まってるよ!」


 泰地は数年ぶりに会う父と派手に握手をしてから、お互いに肩を抱きあった。父は咄嗟に身体を離し、


 「おい、もう傷は治ったのか?心配したぞ」と泰地の身体を揺すった。


 「だいぶん良くなったよ、思ったより早くね‥‥‥」


 泰地はクワンの看病のおかげだと言いたくなるところだったが、クワンにウィンクをして、さっとスーツケースを掴み父の車へと歩き始めた。



 久しぶりに会う父と実家へ向かう車の中で、これまでのタイと紛争地域での出来事や、クワンとの出会いのことなど、空港から1時間ほどの距離にある実家に着くまで、お互いの現状報告で花が咲いた。


 泰地が幼い頃を過ごした故郷の風景もすっかり変わってしまい、かつては賑わっていた商店街も今でもシャッター街となり、道行く人もまばらで淋しく見えた。しかし、当時よく父に連れられて上った丘や、魚釣りをした川の景色は今も同じで、泰地は何処か安堵感を覚えた。


 車窓からは白い雪を頂に抱いた荘厳な富士の姿が見えていたが、クワンは温かい車内の暖房のせいか、後部座席ですやすやと眠っていた。


 父、泰男はハンドルを握りながら左手で、胸のポケットから一枚の写真を取り出して、


 「おい、これ」と言って差し出した。


 「え、この人、泰三爺ちゃんだよね?」 


 泰地はおもむろに父から差し出された写真を見て、そう言うと泰男は少し驚いて声を上げた。


 「よく覚えてるな、そうだ、お前が生まれる前に亡くなった泰三爺さんだ。お前がタイ人の恋人を日本に連れてくるなんて、泰三爺さんが生きてたらさぞびっくりするだろうなぁ‥‥‥」


 泰男は大きな声で笑ったが、泰地は真顔になって父に言った。


 「父さん、この写真の泰三爺さん、僕の夢に出てきたんだよ、紛争地域で大怪我を負って、確かにこの写真の人だった、やっぱり泰三爺ちゃんだったんだ……」


 「ほほぉ、夢に出てきたとなぁ、面白そうな話だな、少し聞かせてくれないか?」


 泰地は、薄れゆく意識の中で、軍服を着た日本の兵隊たちの行進が現れて、その中の一人から励まされたということを父に話した。その夢の中で見た兵士の顔が、写真の祖父の顔と同じだったのだ。


 「爺さんはなぁ、お前の婆さんと結婚する前に戦争でタイに出征していたんだよ、時々お酒を飲んで、酔っては鼻歌を歌いながら、


『マリー、マリー、マリーは元気にしてるかなぁ』と独り言のように呟いてたよ。


 もちろん、お婆さんがいないところでな、ははは。爺さんの心の中の辛い思い出だろうが、多くは語らず墓場まで持って行ったよ‥‥‥」


 写真の中の泰三は、軍服姿で口を真一文字に結んで眉間に皺を寄せ、背筋をまっすぐに伸ばし「フジ」に跨り、その横には白い歯を覗かせて微笑むマリーが「サクラ」に跨って、タイのお寺の前で写っている写真だった。


 ふいにクワンのすすり泣く声がしたので振り向くと、いつの間にか目を覚ました彼女が、泰地が持っている写真を後ろから見つめていた。


 「馬に乗ったあなたのお爺さん、軍服姿がカッコいい、私のお婆さんも可愛い‥‥‥」


 少し的外れなことを言ってしまったのか、クワンは鼻を鳴らしてグスっと笑った。車内に三人の笑いが響いた。そして父は少しスピードを落とし、泰男は父、泰三の生前を振り返るように語り始めた。


 「泰三爺さんは、戦争から帰ってきてもタイのことを決して忘れていなかった。でも母さんには何一つ話さなかったんだ。何一つな‥‥‥。あの国の景色や、そこで出会った人々が、彼にとっては辛い思い出だけじゃなく、大切な記憶として残ってたんだろうな。マリーさんってのは、爺さんが心に抱いていた特別な人だったのかもしれないな‥‥‥」 


 父、泰男は泰三が亡くなる少し前に病床で二人きりになった時に、泰三がぼそぼそと話し出したのを聞いたことがある。父に語ったのか、独り言のように話す泰三はその時以来、一度もタイのことを話すことはなかった。


 泰地は、祖父の記憶が、自分の中にも何かの形で受け継がれているような気がして、感慨深い思いに包まれた。 


 泰男は左手で泰地の太ももをポンポンと叩きながら、少し茶化すように、


 「お前たちも明日、この写真みたいに馬に乗って写真を撮ってくるんだろう?」


 泰地はクワンの手を取って、お互いに目を見合わせ静かに微笑んだ。しかし彼は自分とクワンとの関係がもっと深いものであることは明かさないでいた。父に言ったら慌ててハンドルを握り損なうのではないかと思ったからだ。



 翌朝、泰地とクワンは明け方、まだ暗いうちに準備を整え、富士の裾野にある瀟洒な乗馬クラブへと向かった。


 泰地が小さい頃は、まだ乗馬クラブというほどの洒落たものではなく、父の幼馴染がオーナーで、小さな厩舎に馬を数頭飼っていて、父に連れられてよくポニーに乗せてもらって遊んだのを覚えている。今では十頭以上の馬がおり、木曽馬などの国産馬に加え、サラブレッド、アラブなどの大きくて見栄えのある馬が揃っていて、都会からも乗馬レッスンに来るなど、地元では有名な乗馬クラブに変貌していた。


 深夜から降っていた雪は止んだが、道の路肩にはまだ白い雪が積もっていた。泰地は父に借りた車を運転し、クワンと夜明け前の薄暗い田舎道を走った。


 クラブに着いて車を降りるとお互いの吐く息が白く、クワンは楽しそうに、


 「ほら、見て!息が白いわ!」と口を大きく開けてはぁはぁと息を吐いて燥いでいる。


 泰地も久しぶりに冬の日本に帰国したためか、日本の懐かしい冬に少し感動して、クワンと一緒になって白い息を追いかけた。クラブの馬たちも鼻を鳴らし白い息を吐き、泰地たちを待っていた。幼い頃に会っただけの、雪焼けに白い髭が似合うオーナーは渡辺と名乗った。


 「朝日が昇るまではもう少しだから、まずはゆっくり体を温めていけばいいよ」


 渡辺はそう言って、熱いコーヒーを淹れながら待二人を出迎えた。


 冬の冷たい空気の中で、大きめのマグカップを両手で包み込み、クワンがまた白い息を吐きながら言った。


 「温かいコーヒーって意外と美味しいね」


 タイのような暑い国では、余程クーラーをガンガン利かせた部屋にいない限り、温かいコーヒーというのはあまり飲むことがないクワンは少し感動した。


 クラブの裏手には、朝日を待つかのように富士山の影がほのかに見え始めていた。


 「さあ、そろそろ馬に乗りましょう、日の出が近い‥‥‥」


 渡辺がそう言って厩舎へ案内してくれると、二頭の馬が顔を覗かせ二人を待っていた。


 「今日は絶景が待ってるよ」と泰地が微笑みかけると、彼女も「うん、楽しみだね」と嬉しそうに頷いた。


 二人は渡辺の先導で馬に乗り、山の麓に広がる樹海の雪道をゆっくりと常歩で進み、やがて山の頂が赤く染まり、日の出と共に鮮やかな富士山が見えてきた。


 少し開けた湖の畔で馬を止め、クワンは泰地の隣に馬を並べながら、湖の後方に聳える富士山と、静かな水面に映った富士山が映り交互に見ながら、


 「こんな美しい光景、素敵!…本当に幸せだわ!」と息を吞むような美しさに両手を上げて叫んだ。


 富士山の雪景色を背景に、渡辺が二人の写真を数枚撮りながら、


 「ここが最高の撮影スポットだよ、“インスタ映え”ってやつかな」と自慢げに言って二人の写真を撮って見せた。


 「ああ、素敵、この写真、私たちの一生の宝物ね!」とクワンは興奮した口調で言った。


 泰地は頷いて、


 「そうだね、あの時の二人の写真のように……」


 樹海の中の静かな薄暗い小道を、三拍子リズミカルな蹄の音を木々にこだまさせながら、二人の馬は駈歩で走り抜けて行く。朝の空気が顔に突き刺さるように冷たいが、それがなんとも気持ちいい。


 クワンは周囲の森の野鳥の声を聴きながら大きく息を吸った。


 「ああ、気持ちがいいわ、タイにもこんな季節があってもいいのにね‥‥‥」


 厚手の皮手袋を脱いで、桃色に上気した頬に両手を当てた。クワンは日本の四季の美しさを旅行雑誌で見たことがあったので、日本の冬景色に憧れていた。


 「ははは、それはないな、タイには雪が降らないし‥‥‥」


 泰地はそう言って、道脇の枝に積もった雪を取って小さく丸め、クワンに投げつけ笑った。


 その光景を二人の後ろで笑って見ていた渡辺が提案してきた。


 「この丘の上の展望台に行って“雪合戦”でもするか?そこまで駈歩だ!」


 渡辺は馬を先頭に出し、“さぁ!”と馬を軽く蹴って駈けだした。


 二人は彼に続き小高い丘の上の展望台まで駈歩を続けた。


 展望台からの景色は絶景だった。真っ白な雪で覆われた広場を馬の足跡だけを残しゆっくりと歩いて行く。眼下には樹海が広がり、富士山と透き通った空の青さを湖面に映している。久しぶりに見る絶景に泰地も思わず息を呑んだ。いち早く馬を降りたクワンが、真っ先に地上に積もった雪を集め、小さくボールのように固め泰地へ向かって投げた。


 「さっきのお返しよ!ははは、面白い!」


 泰地も幼い頃を思い出し、本気を出して雪を丸めクワンと二人の写真を撮っていた渡辺に投げつけた。泰地はクワンをここへ連れてきたことに喜びを感じながら、彼女の髪に掛かった雪を手で払って頬に軽くキスをした。


 「ありがとう、泰地‥‥‥」  


 陽が昇り、冬の朝のまったりとした陽光を肌に感じながら、ゆっくりと丘を降りて行く。暫く行くと馬の歩みが止まった。


 ふと前方の雪の小径に何かが動くのが見えた。息を飲んで目を凝らすと、二人の前に二頭の野生のシカが現れ、木陰から漏れる光がシカの背に降り注ぎ、その姿はまるでおとぎ話の中のような神秘的な光景だった。


 「…もしかして、泰三爺さんとマリーさんが挨拶に来てくれたのかもしれないね‥‥‥」


 泰地が息をひそめて囁くと、その言葉にクワンも同じ思いで頷いた。二頭のシカはしばらく二人をじっと見つめ、何かを伝えるかのように一度だけ首を振り、雪の上に残る足跡を静かに残して森の奥へと消えて行った…


(エピローグへ)

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