65・神子の祈り
「国王様、どうしてここに……」
兵士や神殿騎士たちが探しているはずの人が、どうしてここにいるのだろう。
「お前を探していたのだがな。追っ手がなかなかに多くて、対処に苦労した……」
対処、とはどういうことなのだろうか。
国王様を探していた神殿騎士たちは無事なのだろうか。
「神子様、私の後ろに」
いつの間にか水場から上がってきたらしいニコラスが私のそばに来ていた。
ぐいと腕を引っ張られて、ニコラスの背に隠される形になる。
「陛下! お戻りください……!」
上階から兵士と思われる人が駆け下りてきて、国王様に声をかけた。
だが、国王様が杖をひと振りするだけで、兵士が吹っ飛んでいく。
「……っ」
前に会った時よりも、国王様の感情が荒ぶっているような気がする。
国王様の周囲に黒く澱んだ気配がまとわりついていて、なんだか見ているだけで胸が苦しい。
――これ、もしかして……神様の力に乗っ取られかけてるんじゃ……?
嫌な考えが私の頭を過ぎる。
国王様はゆったりとした足取りで、こちらへゆっくり近づいてくる。
ジェラルドは警戒するように剣を構えていた。私とニコラスを守るように立つ。
「神子よ……。お前のせいで私の計画はめちゃくちゃだ」
「計画……?」
「神の力をもち、神子をそばに置くことで私は誰からも認められる王となるはずだったのに……」
国王様は低く怒りを孕んだ声で言いながら、赤い宝石のついた杖の先端をぱしりと自身の手のひらに打ち付けている。
国王様が酷く苛立っているのが、私にも伝わってきた。
「それがどうだ。お前が逃げたせいで私は、臣下たちから神に手を出した愚王と蔑まれる始末。このままでは私は、王の座から引きずり下ろされるだろう」
「……っ」
「元々、臣下の大半も貴族たちも、ジェラルドを王にしたい連中ばかりだからな。ちょうど良い口実ができたと思っているのだろうよ」
国王様はくつくつと笑っている。
だが、その冷えた瞳からは憤りが感じられた。
私があの森の屋敷から逃げたあと、城でどのように国王様へ事情確認がされたのか、私には分からない。
だけれど、それは国王様の劣等感を余計に刺激する形になったのは想像に難くなかった。
「それは自業自得でしょう。そもそも俺は、玉座になど興味はありません」
ジェラルドが真っ直ぐに国王様へ向かって言い放つ。
あああ……。ジェラルド、それ余計に国王様を怒らせるだけだから。
正直なのはジェラルドのいいところだし、好きなんだけども……。
「……っ、この私が、喉から手が出るほど欲しいものを簡単に手に入れられるくせに……。お前というやつは!!」
案の定、ジェラルドの一言は国王様の逆鱗に触れたらしい。
国王様の纏う黒いオーラが、ぶわっと広がる。
私たちの様子を少し離れて伺っていた騎士や兵士たちが、オーラに弾き飛ばされていく。
――あのオーラって、やばくない!?
『やばいともさ!! あの国王、完全に僕の力に呑まれるぞ!』
どこからか神様の声が聞こえたとほぼ同時、国王様を中心に、ぶわっと強く風が巻き起こった。
私の後ろにあった水辺までが風に煽られて、不自然に波立つ。
「神子殿も、ジェラルドも……。お前たちが私の前にいなければ、こんなに苦しむことはなかったはずだ!」
国王様はジェラルドに向かって横なぎに強く払った。
それだけで、杖から衝撃波のようなものが発生してこちらに向かってくる。
「く……っ」
ジェラルドは咄嗟に剣で衝撃波を受け止めた。
謎の衝撃波に対処出来ているのは、さすがはジェラルドと言うべきか。
だがさすがに厳しそうな様子で、圧されているのが明らかだった。
「ジェラルド……っ!」
国王様は、無茶苦茶に杖を振るっている。
それに対して、ジェラルドは後ろに私たちがいるということもあってか防戦一方だ。
「……っ」
杖から放たれた無数の衝撃波の一つが、ジェラルドの右腕を掠めた。
騎士服がひとすじ破れ、そこからじわりと血が染み出ている。
――嫌だ。
ジェラルドが傷つけられる様を見て、私は何も考えられなくなってしまった。
「どうした、このままだとお前を殺してしまうぞ?」
そう言う国王様だって、口の端から血を垂らしているというのに。ニタリと笑いながら、ジェラルドに向かって杖を向け直す。
――嫌だ。
私は堪えきれなくなって、両手でこめかみを押さえた。
頭がガンガンする。
心臓がばくばくと早鐘を打って、上手く呼吸が出来ない。
――こんなの嫌だ!
腹違いとはいえ兄弟が憎みあったままなんて嫌だし、ジェラルドが傷つけられるのはもっと嫌だ!
あの杖さえ壊せれば……!
『使えばいい。僕の力を』
神様の声が、再び聞こえる。
ただし姿は見えない。
声は、私の体の中から響いてくるようだった。
『君が祈れば、僕は応えよう』
私は神様の言葉に導かれるようにして、強く願う。
「お願い神様! 杖を壊して――!!」
私が叫ぶと同時に、私の胸の奥から杖に向かって白い光が走っていくのがわかった。
光は一直線に国王様の持つ杖へと向かっていく。
やがて白い光は、杖にはまっていた赤い宝石を粉々に打ち砕いた。
「陛下……!」
宝石が砕けるとともに、意識を失ったのか国王様が膝から崩れ落ちる。
「おい! 雨が止んだぞ……!」
「アオイ様、ご無事ですか……!」
上階から響いてくる兵士たちの声とジェラルドがこちらに駆け寄ってくる足音を聞きながら、私は自分の意識が遠くなるのを感じていた。