64・地下祭壇
国王様が行方不明になったとの知らせを受けてから一時間が経過した。
国王様の姿が発見されたとの報告はなく、私は自室の窓から外の景色を見つめていた。
雨は止む気配がなく、土砂降り状態が続いている。
遠くに見える空も、海も、淀んだ色をしていて不吉だ。
――国王様、どこに行ったんだろう……。
ただでさえ国王様は体調が悪いのだから、こんな大雨の中を出歩いては悪化するかもしれない。
早く見つかって欲しいのだけど……。
「神子様、今よろしいですか?」
声とともにノックが聞こえて、私は扉に駆け寄った。
部屋の外に立っていたのは、ニコラスとジェラルドだった。
二人とも、重たい表情を浮かべている。
「うん、国王様は見つかった?」
私が聞くと、ニコラスは目を閉じてゆるりと首を横に振った。
「いえ、残念ながらまだです」
「そっか……」
ニコラスは確か、昔王族の家庭教師をしていたと言っていた。
ジェラルドが教え子なのだから、国王様とも昔からの付き合いである可能性が高いだろう。
ジェラルドは言わずもがな、国王様はお兄さんだ。
二人とも、私以上に国王様のことが心配だろう。
「ただ……街では浸水被害が出始めておりまして……。それで、私は神官として日和乞いを行おうと思うのですが、神子様もご一緒にいかがかとお誘いに来たのですよ」
「日和乞い?」
聞き馴染みのない言葉に私が首を傾げると、ジェラルドが教えてくれた。
「晴天を願って祈りを捧げることを日和乞いと言うのですよ」
なるほど。雨乞いなら聞いたことがあるが、その反対に晴れを乞うということか。
「わかった、私も一緒にお祈りしたいな」
国王様の捜索は騎士団や兵士たちが手を尽くしてくれるだろう。
同じように私も、私に出来ることをしたい。
◇◇◇◇◇◇
ニコラスは地下の祭壇で祈りを捧げるらしい。
私がこの世界に落とされた、最初の場所だ。
ニコラス先導のもと、ジェラルドと共に地下へ続く階段を降りていく。
久しぶりに立ち入った地下祭壇は、最初の時と同様にひんやりとした空気が漂っていた。
「ニコラス、日和乞いってどうやってやるの?」
「水場で祈りを捧げるのですよ。ただ、濡れてしまうので神子様はそちらで結構ですよ」
そう言うとニコラスは、部屋の中央にある浅瀬の水場へ躊躇なく入っていく。
神様の石像の前で足を止めると、その場で両膝をついた。
ここからでは聞き取れないが、何か呪文のようなものを口にしていることだけはわかる。
「見よう見真似で大丈夫ですよ。神子様は我々とは異なり、神に選ばれたお方なのですから」
隣にいるジェラルドが私を励ますように言ってくれる。だが、申し訳ない。私はうっかり神様にぶつかられただけで、そんな大層な人間じゃないはずだ。
でも……。
私は神様から力を託された。
願いを託された。
私に出来ることがあるはずなのだ。
ジェラルドは入口を見張るためか、私たちから離れていく。
私は水場の手前までいくと、ニコラスの姿を真似て両膝をついた。
目を閉じ、両手を組みあわせて、ただ祈る。
雨が止んで、国王様が見つかりますように。
そして、神様の力を取り戻せますように……と。
その時だった。
上階の方から、なにやら騒がしい声が聞こえてきたのは。
「う、うわああぁっ!」
叫び声にはっと目を開けて振り返れば、階段から騎士の一人が転がり落ちてきたところだった。
咄嗟にジェラルドが受け止めたようだが……。
「え、な、何……?」
こつ、こつ、と誰かが階段を降りてくる足音が石壁に響く。
入口付近にいるジェラルドが、身構えるように腰に提げた剣に手をかけているのが視界に入った。
「ずいぶんと厳重な警備だな。まさか地下にいるとは思わなんだ」
低く、冷たい声が聞こえる。
それは、ジェラルドのものでもニコラスのものでもない。
「国王、様……?」
祭壇の部屋に現れたのは、どす黒いオーラをまとった国王様だった。