62・エルミナさんの意外な好み
神殿に戻ってきてから二日が経った。
神様から聞いた話をニコラスに相談したところ、現在国王様への事情確認が行われているらしい。
ただ、ここ数日の間、国王様は体調を崩されているようで難航しているとのこと。動くのは少し待って欲しいと言われてしまった。
――最後に会った時、国王様は口から血を吐いていたもんなぁ……。
口から血を吐くなんて、尋常ではない。
それに、神様の言っていた「神の力は人の身に余る。そのうちに、力に乗っ取られるだろう」という言葉も気にかかる。
一刻も早く杖を破壊したいところではあるのだが……。とりあえず一旦様子を伺ってみることになったのだった。
◇◇◇◇◇◇
「あらら……。それは大変だったわねぇ」
昼下がり、神殿の中庭で。
遊びに来てくれたエルミナさんと、以前約束したようにお茶会をすることになったのだが……。
国王様との出来事を話すと、本気で同情されてしまった。
「ところで、ジェラルド様? どうしてアオイちゃんにそんなにぴったりと張り付いているのかしら?」
エルミナさんは私からつつ、と真横にいるジェラルドへ視線を移す。
私とエルミナさんが向かい合わせにガーデンテーブルへ座る中、ジェラルドは私の真横に立っていた。
「張り付いて、とは? いつも通りですが」
ジェラルドは至極当然と言った調子で答えている。
……が、明らかにおかしいのはジェラルドだから!
「もしかして無自覚? 前よりも距離が近いわよ。さては二人とも、何かあったわね?」
やっぱりエルミナさんの目から見てもジェラルドと私の距離は近いらしい!
「え、エルミナさん……っ」
そうはっきりと言われると顔が熱くなってしまう。わたわたとしている私を見て、エルミナさんは楽しそうだった。
「ジェラルド様、少しアオイちゃんとガールズトークがしたいわ。せめて、ほんの5メートルほど離れてちょうだい」
「ですが……」
「なに、私がアオイちゃんに何かするとでも思ってるの?」
「それは思っておりません」
「いいじゃない、たまには。あなたはいつもアオイちゃんを独り占めしてるんだから」
二人はしばらくなにやら言い合っていたが、ジェラルドが負けたようでしぶしぶと引き下がっていった。
とは言っても、5メートルくらい離れたところでこちらの様子を見ているようだが。
ジェラルドが離れたのを確認して、エルミナさんはふぅ、と息を吐き出した。
「やっとアオイちゃんと2人きりになれたわね。ジェラルド様、分かりやすすぎるわ……」
エルミナさんの呆れたような言葉に、私は苦笑するしかできない。
「まぁ、わかりやすいのはアオイちゃんもなんだけど」
「え、私もっ?」
苦笑していると、今度は私に視線を向けられた。
テーブルに両手で頬杖をついて、にこにことしている。
「ふふ、あなたたち、両思いになれたのね。良かった」
「……っ!」
質問でもなく確信を持ったエルミナさんの言葉に、私の頬がかっと熱をもつ。
さすがエルミナさん。鋭い。
否定するわけにもいかずに俯くと、エルミナさんはそれを肯定と受け取ってくれたらしい。
エルミナさんは、微笑ましそうな、そして愛おしそうな瞳で私を見ると、くすと笑った。
「今のあなたにこの間の話をする必要はないかもしれないけど……。一応伝えておくわね。不安になってほしくないから」
そう前置きを置いて、エルミナさんは伏し目がちに口を開いた。
「確かに私はジェラルド様の元婚約者候補ではあったのよ。だけど、とっくの昔にジェラルドによってなかったことにされているわ。だから、私とあの人は、ただの古い知り合いってところ。恋愛感情があったこともないわ」
エルミナさんとジェラルドの関係について、ずっと気にはなっていた。
きっと二人の間には、エルミナさんの言葉以上に複雑なものがあったのだろうと推測できる。
だが、本人が話さないでいてくれているのに、それに聞き出そうとするのは野暮と言うものだ。
と、真面目に考えていたのに……。
「そもそも私の男性の好みは、もっと筋肉があって、黒々としている方なのよね……」
憂いを帯びた表情で放たれたエルミナさんの言葉に、思わず脱力してしまった。
それって、エルミナさんの好みの男性はマッチョってこと……?
「ええ……」
意外だ……。
「ほら見てアオイちゃん、あの庭を手入れされている方、素敵だと思わない?」
こそこそと囁いてきたエルミナさんが見ている方へ視線を向けると、庭の隅に屈強な神殿騎士が数人いた。
「騎士服の上から見てもわかる、鍛え上げられた身体……。胸筋をツンツンしてもいいかしら。ああ、あっちの人のあの上腕二頭筋にぶら下がってみたい……。はぁ、ここの騎士たちってかっこいいわぁ……」
エルミナさんはうっとりと神殿騎士を見つめている。
どうやら特定の騎士が好きというわけではないらしい。
たまに神殿へ来てくれる理由って、もしかして私に会いに来ているだけではなく、神殿騎士を見るため……?
新たな疑惑が生じて少し首を捻っていると、ふとエルミナさんから視線を感じた。
「だからアオイちゃん、私のことは気にせずに、ジェラルド様と幸せになって」
優しい瞳を私に向けてくるエルミナさんに、何も言えなくなる。
その言葉は確実に本心だと分かるから、私は静かに頷いた。
「……はい」