61・選択肢
「……吐きそうだ」
夢の中。
濃紺の中に星がきらめく世界で会った神様は、開口一番そう言った。
言葉通り、吐きそうな様子で口元に手を当てている。
「え、何……大丈夫?」
神様でも体調を崩すことがあるのだろうか。心配に思って様子を伺っていると、神様は堪えきれないというようにゆるゆると首を横に振った。
「君と騎士の様子があまりにも甘ったるすぎて、砂糖を吐きそうだ……」
「勝手に覗き見ておいて失礼な!」
心配して損した気分だ!
私は拗ねた気分で神様にくるりと背を向ける。
神様は「まぁまぁそう拗ねるな」と言って私の方へ回り込んできた。
「それより……。君も僕も無事で済んで良かったじゃないか。さすがの僕も、今回は肝が冷えたぞ」
「……それは、そうだね」
話を逸らされたような気もするが、神様の言葉には完全に同意なので頷く。
国王様との一件のことだろう。
一時は本当にどうなることかと思ったが、とりあえず神様の力を奪われずには済んだ。
とは言っても、現状なんの解決もしていないのだが……。
「あのままじゃまずくない?」
「まぁ、よろしくはないだろうな」
神様の言葉はどこか他人事のように感じる。
――なによ、こっちは神様のせいで巻き込まれてるっていうのに。
私がぷうとむくれると、神様はくすりと笑った。
「すまない。君は反応が素直だなぁ。騎士が気に入るのも分かるよ」
「な……っ」
突然ジェラルドを話に出されて、つい反応してしまう。
言葉に詰まっていると、神様は私の胸元に手をかざした。
「えっ、なに……?」
ぽう、と。
私の体から白い光が溢れ出して、ぎょっとする。
いや何事!?
いくら夢の世界とはいえ、自分の体が発光するのはさすがに信じがたいものがある。
「これは、僕が奪われないようにと君の体の中に溜めていた力だ」
私の体から溢れた光は、やがて一つに集約された。
白く光を放つ小さな球体が、神様の手のひらの上でふわりと浮いている。
「この力は、残っている僕のすべて。これを使って国王の杖を破壊すれば、奪われた僕の力は戻ってくるだろう」
私は神様の言葉にはっと顔を上げた。
あの杖を破壊すれば、神様の力が戻ってくる――?
「君は僕と同化してしまったせいで特例だが、神である僕は原則、直接人に関与は出来ない。だから、この力は君が使って欲しい」
あの杖を破壊するためには、そもそも国王様に近づかなくてはならないだろう。
簡単そうに聞こえるが、難しいことだ。
国王様の冷たい瞳を思い出すと怖くなって、私は少しだけ肩を震わせてしまった。
私の様子を見て、神様が気遣うようにそっと私の肩に触れた。
「それにはきっと、前回以上の危険が伴うことになるだろう。僕も君を守り切れる保証ができない。だから……君に選んで欲しい」
「……選ぶって、何を」
「この力の使い道をさ」
神様は白い光を指先でくるくるともてあそぶ。
白い光はしばらく神様の周囲を回っていたが、やがて私の胸の中に溶けるようにして消えた。
「この力を使えば、君は元の世界に帰れるだろう。君が望むなら、あの騎士も連れて行けるように向こうの世界の神と交渉してやる」
「……っ!」
神様の言葉に、私は思わず息を飲む。
それはつまり……。
「それは……神様やこの世界を見捨てて、私に帰れって言ってるの?」
ここまで関わらせておいて、今更、私だけ元の世界に戻れと?
「そういう選択肢もあるという話さ」
神様は私をいたわるような目で見ていた。
言葉の奥底に神様なりの慈愛を感じて、どうしてか心が苦しくなる。
「君は元々僕のせいで巻き込まれた身だ。この世界に責任なんて持たなくていい。危険なのが分かっているのに飛び込む必要なんかない」
神様の言葉はもっともだ。
私はこの世界の人間では無い。
危険だとわかっているのにわざわざ神様を救う必要も、神様がいなくなった先のこの世界の行く末も、私には関係ないはずだ。
だけど。
「馬鹿ね。私は、ここまできて親切にしてくれた人たちを見捨てられるような薄情な人間じゃないの」
私は情が湧いてしまった。
この世界にも、この世界で生きる人たちにも。
ここまで来たら乗りかかった船だ。
最後まで付き合いたい。
「君は、本当に……優しい子だな」
そう言った神様は、泣きそうに笑っていた。