60・騎士の覚悟
ニコラスと別れたあと、私は大人しく神殿内で本を読んだり、エミールくんお手製のクッキーを食べたりして過ごした。
昨日が慌ただしかったせいか、今日がとても穏やかに感じられる。
ただ一つ気になることがあるとすれば、なんだかジェラルドの距離がいつも以上に近い気がすることくらいだ。
いつもジェラルドは私のそばにいるから、誤差と言えば誤差レベルの違いなのだろうが。
なんというか、いつもよりもぴたりと私のそばにいるような……。
夜になり、部屋まで送ってくれているジェラルドを私はちらりと見上げた。
――私、ジェラルドと両思いになったんだよね……?
イマイチ実感がわかない。
こんなイケメンで有能な騎士様と、平々凡々な私が両思い……ということは、恋人……?
まるで夢かなにかみたいだ。
とか何とか思っていたら、ジェラルドと目が合った。
「……? どうかしましたか、アオイ様」
「な、なんでもっ!」
私を見下ろしてくるジェラルドの視線が妙に甘い気がして、私は慌てて目線を逸らした。
なんだか気恥ずかしい。
「お、送ってくれてありがとう。ジェラルド! それじゃあまた明日ね!」
ちょうど部屋の前にたどり着いたので、私はそそくさと逃げようとする。
しかし、その前にジェラルドに手首を掴まれた。
「アオイ様、お話したいことがあるのですが……よろしいですか?」
――え、なになになに!?
見上げれば、ジェラルドは真剣な表情をしていた。
「ええと、な、なに?」
なぜだか緊張してしまって口の中が乾く。私はどもりながらも答えた。
「立ち話はあれなので、中に入れてもらってもいいでしょうか」
「ど、どうぞ」
断る理由も特に浮かばなかったので、促されるままジェラルドを部屋に招き入れる。
廊下では話せないような内容なのだろうか。
ますます緊張してしまう。
「昨日の今日だというのに、あっさり男を部屋に入れて……。無防備にも程がありますよ、アオイ様」
部屋に入ったと思ったら、ジェラルドははあ、と困りきった様子でため息をついた。
「え? い、入れない方が良かったっ?」
「そういうわけではありませんけど……心配になります」
心配……?
そう呟いたジェラルドは困ったような、でも嬉しそうな表情を浮かべていた。
仕方の無い子を見つめるような愛おしそうな瞳。
「あなたが俺を信頼してくださっているのは嬉しいですが……」
ジェラルドはすっと手を伸ばすと、私の顎に指をかけた。
ジェラルドの指によって、くいと少し上向かせられる。
「俺があなたのことを特別に想っていることを理解してますか……?」
ジェラルドはそう言うと、長身を少しかがめた。
端正なジェラルドの顔が、私の間近におりてきて額同士がコツンと合わさる。
「り、りりり理解してますっ!」
理解はしたからいきなり距離を詰めてくるのは勘弁して欲しい!
好きな人と急に顔が近くなっては、ドキドキしすぎて心臓がもたない。
慌てている私の様子がおかしかったのか、ジェラルドはふふっと吹き出した。
「ふふ、すみません。あなたが可愛くてついからかってしまいました」
「~~っジェラルド! 話って何っ」
私ばかりが照れているようで何だか悔しい。
私は誤魔化すように、ジェラルドに話を促した。
「昨日伝えそびれたことがあったので、どうしてもお伝えしておきたかったのです」
「伝えそびれたこと?」
一体なんだろう。
首を傾げつつジェラルドを見上げると、ジェラルドは真剣な瞳をしてこちらを見つめていた。
「俺は、あなたに好意を寄せるただの男でもありますが、同時にあなたの騎士です。あなたがどんな決断を下そうと、俺は必ずあなたに従います」
真っ直ぐに向けられた視線に射抜かれる。
嘘偽りのないジェラルドの瞳に、私は一瞬で目が逸らせなくなってしまった。
「あなたが元の世界に戻るなら俺はどんな手を使ってでもあなたについて行きますし、この世界に残ってくださるなら、俺は自分の能力も身分も、全てを使ってあなたを守ります」
「……っ」
ジェラルドの言葉に、呼吸が止まるかと思った。
それはずっと、私が気にしていたことだったから。
「それくらい、俺はアオイ様をお慕いしております。ですから、俺のことは気にせずに進んでください。あなたの道は、俺が守りますから」
ジェラルドはそう言うと、私の手をすくい上げた。
そのまま上へ持ち上げて、私の手の甲に軽く口付ける。
「お伝えしたかったことはそれだけです。アオイ様、おやすみなさいませ。良い夢を」
にこりと微笑んで、ジェラルドは部屋を出ていく。
残された私はへなへなと床にへたりこんだ。
「ず、ずるいよ、ジェラルド……」
顔が、燃えるように熱い。
いちいちあの騎士様は格好よすぎる。
――どんな決断をしても、か……。
熱を沈めるように息を吐き出しながら、私は考える。
決断の時が迫っていることは、私も察していた。