59・神殿への帰還
翌日、神殿に戻るとニコラスや多くの神殿騎士たちが私たちを出迎えてくれた。
エントランスを屈強な男性が埋めつくしている様は少々異様だ。
「おお! 神子様と団長が戻られたぞ!」
「良かった良かった!」
「あ、ありがとう」
気のいい神殿騎士たちが、なんだか野太い歓声を上げている。
……ありがたいけど、その声の迫力に少しビビってしまう。
「神子様、ジェラルド! よくぞご無事で!」
こちらへ近づいてきたニコラスが、私の顔を見て、ほっと安堵したように笑った。
その穏やかな笑顔を見て、私もほっとする。
――ああ、神殿に戻ってきたんだなぁ。
いつの間にやらすっかり神殿が、私の家になってしまっていた。
「心配かけてごめんなさい、ニコラス」
私が開口一番に謝ると、ニコラスは「いいえ」と首を振った。
「神子様がご無事ならいいのですよ。私の方こそ、そばにいたというのにあなたをさらうことを許してしまい、申し訳ありません」
私がニコラスと話している横で、ジェラルドは何やら他の騎士たちに指示を出しているようだった。
あっという間に騎士たちが、エントランスからはけていく。
「……無事だったんだな」
大柄な男たちがいなくなって、代わりにエミールくんがこちらへ近づいていた。
他の神殿騎士の人たちの姿に隠れてしまって、エミールくんもいたことに気づかなかった。
「ボクは、仕事があるから行かないといけないけど……後で食堂にでも来いよ。お前のために、クッキーを焼いてやらなくもない」
「え、いいのっ? ありがとう!」
エミールくんのクッキー!
嬉しくてすぐに反応してしまう。
「そ、そんな大したものじゃないぞ! 普通のクッキーだ!」
「エミールくんが作るものは全部美味しいもん!」
「わ、わかったよ、作っておくから!」
照れ隠しをするようにそっぽを向くエミールくんがかわいい。
そのまま「またな」とだけ言ってエミールくんは立ち去ろうとする。だが、少しだけこちらを振り返った。
「……無事でよかった」
そう呟いたエミールくんの声は、きっと私の空耳じゃないと思いたい。
「ニコラス様、お話があるのですがよろしいですか」
私たちのそばまで戻ってきたジェラルドは、ニコラスに言った。
今回の出来事についてだろうか。
「ええ、構いませんよ」
「それ、私も一緒に行っていい?」
ジェラルドに聞くと、心配そうな瞳でこちらを見下ろしてきた。
「構いませんが、アオイ様はお疲れでしょう。先に部屋にお戻りになられても良いのですよ?」
「大丈夫!」
「ご無理はなさらないでくださいね?」
ジェラルドは元々心配性な節があると感じてはいたが、今回の一件のせいでより過保護になったように感じる。
確かに昨日はいろいろと大変な1日だったが、休んだからもう大丈夫だろう。
「ふふ、二人とも何かありましたか? いつもより仲が良い」
「に、ニコラス! 何にもないよっ!」
私たちの様子を眺めていたニコラスは、なんだか微笑ましそうだった。
「では、私の部屋にでも行きましょうか」
二人と共にニコラスの部屋に向かいながら考える。
――ニコラスには何にもない、って言ったけど……。
ニコラスに告げた言葉は、半分本当であり半分嘘だ。
昨夜、気がついたらジェラルドに抱きしめられたまま眠ってしまっていた。
だから、私とジェラルドとの間にあれ以上のことは何も無い。
だけど――。
私は隣を歩くジェラルドを、ちらりと見あげた。
視線を感じたのか、ジェラルドは私の方へ視線を向けると……にこりと微笑んだ。
「……っ」
ジェラルドが幸せそうに笑う。
それを見て、私は顔が熱くなって言葉が出なくなる。
だから、変化はあったのだ。
◇◇◇◇◇◇
ニコラスの部屋で今回の出来事を全て話すと、ニコラスは難しい顔をして俯いた。
「なるほど……。やはり国王陛下が今回の黒幕でしたか」
「兄がアオイ様を連れていった屋敷は、王家所有の別荘の一つです。アオイ様の話を聞く限り、部屋に大量の呪具があったそうですから、あの屋敷を拠点にしている可能性があります」
「分かりました。今回のことは他の大臣や政務官にも協力を仰ぎましょう。事と次第によっては、先王陛下にもお願いをしなければならないかもしれません」
「……やむを得ませんね」
「あれ、前の国王様ってお元気なの?」
二人の話し合いに、どうしても気になって口を挟んでしまう。
ジェラルドのお兄さんが若くして王位を継いでいたから、てっきり二人のお父さんである前の国王様は亡くなられたか何かかと思っていたのだけど。
「元気ですよ。早々に引退して、国内をめぐる旅に出ております。自分の目で自由に国内情勢を見るのが夢だったそうで……」
ジェラルドは苦笑しながら言った。
お元気そうなら何よりだし、なんだか楽しそうだ。
「ともかく、本来ルーチェ神に関することは全て神殿の管轄。王族であっても不可侵のはず。ましてや神の力を奪うなど、あってはなりません」
ニコラスは私の方へ視線を向けた。
「神子様……しばらく、神殿から出ないようにお願いします。また、いつ陛下が仕掛けてくるか分かりません」
「……っわかった」
私はニコラスの言葉に頷く。
膝の上に置いていた自分の手をぎゅっと握りしめる。
……と、私の強ばった拳を包み込むように、誰かがそっと手のひらをのせた。
隣に座っていたジェラルドだ。
ジェラルドは、大きな手のひらで私の手を包むように握る。
「大丈夫ですよ、アオイ様。俺はもう、あなたのそばから絶対に離れません。必ず、俺が守ります」
「……ありがとう」
ジェラルドがそう言ってくれるなら大丈夫な気がして、私はほっと息を吐き出した。