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58・二人きりの夜②


「ジェラルド……?」


 私の両手は、ジェラルドによってベッドに縫い付けられたまま。

 どうしたらいいのか分からなくて、私はただジェラルドを見つめ返した。


「俺はあなたが好きなんですよ。お忘れですか?」


「わ、忘れてなんて……」


 ジェラルドの告白を忘れてはいない。

 ただ、ジェラルドが私に手を出すわけがないと思っていただけだ。

 それなのに、一体どうして私はジェラルドに押し倒されているのだろう。

 

「じゃあ、何故俺をベッドに誘ったんです。あなたはきっと、優しさからなんでしょうけれど……。誤解されても仕方ありませんよ」


「……っ」


 反論ができない。

 客観的に見れば、ジェラルドの言い分の方が正論であることはわかっているからだ。

 だけれど判断力が鈍ってしまったのは、妙な先入観に囚われてしまっていたからに他ならない。

 ジェラルドなら大丈夫だろう、と。

 

「知りませんか? 従順な飼い犬が、飼い主の手を噛むことだってあるんですよ」


 ジェラルドの瞳の奥にくすぶる熱を感じてしまって、私はぶるりと震えた。

 私は、何を勘違いしていたのだろう。

 ジェラルドのどこが安全で、手を出されない?

 

 ジェラルドは長身を屈めると、私の首筋に顔を埋めた。


「じ、ジェラルド……っ?」

 

 ジェラルドの髪が頬にあたってくすぐったい。

 ちゅ、と優しく首筋に触れてきたジェラルドの唇が、酷く熱を持っているような気がした。

 

「ひゃ……っ」


 予期していなかった展開に、私の頭はついていかない。

 目を白黒させる私に構わず、ジェラルドは私の首筋を軽く吸い上げた。


「実は俺、そうは見えないかもしれませんが、これでも苛立っているんですよ。もしかしたら、あなたを傷つけてしまうかもしれない」


 ジェラルドは私の首から唇を離すと、すぐ側で小さく呟いた。

 吐息が肌にかかってくすぐったい。

 

「わ、私、何かした……?」


 ジェラルドが表立って苛立っているなんて、なんだか珍しい。

 だが、彼を苛立たせる心当たりがありすぎて、一体ジェラルドが何を怒っているのかすぐに見当がつかなかった。


 恐る恐る尋ねた私の言葉に、ジェラルドは緩く首を横に振る。


「アオイ様ではありません。兄があなたに結婚を申し込んだことが、許せない。こんなにイライラするなんて初めてだ」

 

「ジェラルド……」


 夕飯を食べたあと、国王様との件をジェラルドにはすべて話した。

 どこまで本気は知りえないが、国王様に求婚されたこともすべて。


 あの時は、目立った反応もなく普通に話を聞いてくれていた。

 だからジェラルドは気にしていないものと思っていたが、どうやら内心は違っていたらしい。


 ――少しは……、嫉妬してくれたのかな……。


 どうしよう。ジェラルドが私のことを気にかけてくれていることが、たまらなく嬉しい。


 息が触れ合う距離で、ふとジェラルドと目が合った。

 深い、夜空のような濃紺の瞳だ。奥に見える熱が綺麗で、吸い込まれてしまいそうになる。

 

「……そんな瞳で俺を見ないでください。あなたを守る騎士でいたいのに、手を出してしまいたくなる」


 私はどんな瞳でジェラルドを見ていたのだろうか。

 ジェラルドは苦しそうに言った。


「俺は……。あなたから俺と同じ気持ちが返ってこなくてもいいと思っていました」


 ああ、やはりそうだったのか。

 静かにこぼされた言葉に、私は納得してしまう。

 あの花畑の日も、その後も、ジェラルドは私に告白の答えを求めてこなかった。


「だけど今は、あなたからの気持ちが欲しくてたまらない。あなたは俺のことを……どう思っていますか」


「……私は」


 ――ああ、もう逃げられない。


 掴まれた腕に、向けられる真っ直ぐな視線に、私はそう理解してしまった。


「私も、ジェラルドのことが好きだよ……。だけど、私は……」


 正直な気持ちをジェラルドに告げる。

 好きだという言葉は、自分が想像していたよりもすんなりと伝えることが出来た。

 だけど、苦しい。

 好きなのに、苦しい。


「その先は、言わないでください」


 いつか元の世界に帰らなければならないと、そう言いかけた私の声は、最後まで言葉に出来なかった。

 ジェラルドの人差し指が、私の唇の動きを止めるように触れたから。

 見上げたジェラルドは、私と同じように苦しそうな表情で微笑んでいた。


「今はただ、あなたが俺のことを好きでいてくださるならそれでいいんです」

 

 そう言うと、ジェラルドはそっと私を抱きしめる。


 私がいつか元の世界に帰るなんてことは、この世界の人達に明言した覚えは無い。

 それでもジェラルドは察していたのかもしれない。

 だから、その先を言わせなかったのだろう。


 ――私は……帰りたくないよ。ジェラルドのそばにずっといたい。

 

 私は泣きたい心地で、ジェラルドの体を抱き締め返した。


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