57・二人きりの夜①
――そういうことか……。
部屋の奥にある寝室で、私は思わず額に手を当てて深く息を吐き出した。
寝室に置かれていたのは、一人用のベッド。
それもそのはずだ。この部屋は元々、一人用だと宿屋の人が言っていたから。
ジェラルドは部屋にベッドが一つしかないと分かっていたから、さっき「自分はソファで寝る」と言っていたのだろう。
あの騎士様の性格上、私にベッドを譲ったに違いない。
「……どうしよう」
私はベッドの前をうろうろと歩きながら、うーんと考える。
私も疲れてはいるが、ジェラルドのほうが疲れているのではないだろうか。
自分だけゆったりとベッドで寝られるほど神経が図太くないので無駄に気になってしまう。
――私がソファで寝るって言ってみる?
いや無理だ。絶対に却下されるに決まってる。
だけど、私としてはジェラルドにもゆっくりと休んでもらいたい。
――いっそ一緒にこのベッドを使う?
い、いやいやいや、そんな状況に耐えられるだろうか。
否、絶対に無理だ。絶対に私が寝られない。
――でも、ジェラルドが私に何かしてくるとは思えないし……。
確かに以前、花畑でジェラルドから「好き」だと告白はされた。
だけどその後何も無いし、私みたいな小娘にジェラルドが手を出してきたりはしないだろう。
私がそこまで気にしなければ済む話だ。
そうすれば、私もジェラルドもベッドで休むことが出来る……はずだ!
「……よし」
ぐるぐると一人で考えた結果、私はそろっと寝室の扉を開けて向こうの部屋にいるジェラルドの様子を伺ってみた。
ジェラルドはソファに座っているようだ。後ろ姿が見える。
じっと見ていると、私の視線に気づいたのかジェラルドがこちらを振り返った。
「アオイ様? どうかされましたか?」
ジェラルドは不思議そうに言うと、ソファから立ち上がって私の方へ歩いてくる。
「あの、そっち寒くない? 良かったら一緒にベッドを使わない?」
「…………。俺なら大丈夫ですよ。それに、俺がいたら狭いですから、アオイ様が一人で使った方が休めるかと」
ジェラルドは私の言葉に一瞬考えるような間を取った。だが、すぐにいつも通りの微笑みを浮かべて断りの言葉を口にする。
予想通りの返答だ。
しかし、私は諦めることなく食い下がってみることにした。
というのも、今日の一件に関してジェラルドに多少負い目があるのだ。
国王様と話をするためとはいえ、そもそも私がジェラルドを客間から出ていくように言わなかったら私がさらわれることは無かっただろう。
完全に私の責任だ。
だからこそ、助けに来てくれたジェラルドにゆっくり休んで欲しかった。
「でもほら! 近くにいた方が温かいし!」
笑顔でごり押してみる。
この騎士様だって以外にも押しが強いのだから、たまには私がやり返しても良いだろう。
と、思ったのだけど……。
「……俺が、あなたに何かするかもとは思われないのですか?」
「……へっ?」
突然ジェラルドから放たれた一言に、私はきょとんと目を丸くしてしまった。
「な、何言ってるの。ジェラルドは私に何かしてきたりしないでしょ?」
それは先程一瞬だけ考えて、即座に私自身が否定したことだった。
ジェラルドが私に手を出してくるなんて、ありえないと。
「ジェラルドは私に酷いことなんかしないし、そばにいてくれたら安心――わわっ」
言いかけた言葉は最後まで言うことが出来なかった。
なぜなら、ジェラルドにぐいと強く腕を引かれて、寝室の中へ連れていかれたからだ。
「きゃ……っ」
そのまま上半身をベッドに押し倒される。
他でもない、ジェラルドによって。
「俺は、あなたにとって安全な男ですか……?」
薄暗がりの中で見上げたジェラルドは、見たことがないほど苦しそうな表情を浮かべていた。