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56・騎士の苦悩②


「俺が王家の出であることはもうご存知ですよね」


「……うん」


 改めて本人から聞くと、少し身構えてしまう。

 国王様の弟ということは、ジェラルドは王弟殿下だということだ。

 私の緊張がジェラルドに伝わったのか、くすりと笑われた。


「そんなに身構えないでください。確かに俺は、兄と同じく前王の息子です。ですが、身分の低い側室の母から生まれているので、正統なる血筋ではないんですよ。王位継承権もないので、俺はただ偶然王家に生まれただけの人間です」


「継承権がないの?」


 何となく、王族なら全員王位を継承できるイメージがあった。

 だが、この国はそうではないらしい。


「ええ。基本的には、国王と正妃の間に生まれた子にのみ継承権が認められます。継承権のない俺は、当然王位に興味がなかった。ですが……」


 ジェラルドはそこで一度言葉を切った。

 どこか歯がゆそうにしている。


「俺の方が兄よりも王位に相応しいと言って、担ぎあげようとするものがあとを立たなかったんですよ」


 あ……。

 

『出来の良い義弟に長年比べられ続け、王位についてもなお義弟の方が王にふさわしいと言われる私の気持ちがお前にわかるか!』


 ジェラルドの言葉に、私は国王様が苦しそうに叫んでいたことを思い出していた。


「腹違いとはいえ兄弟ですから、どうしても周囲をは俺と兄を比べます。貴族というのは、噂好きで口さがない者が多い。兄の耳にも、比べる声が届いていたのでしょう。それで俺は、ずっと兄から嫌われていたというわけです」


 ジェラルドはずっと苦々しい顔で笑っている。

 きっと、ジェラルドは国王様との関係だけでなく、周囲の人間にも長年苦悩してきたのだろう。

 

「だから俺は、王家を出て神殿騎士になったんですよ。俺が近くにいては、厄介事しか起きませんからね。……離れても意味がなかったようですが」


「ジェラルド……」


「そもそも俺が産まれなかったら、兄が苦しむことはなかった。俺は、いてはならなかったんです」


 ジェラルドが自嘲するように言う。

 その寂しそうな表情に、いてもたってもいられなくなってしまった。

 私は椅子から立ち上がって、ジェラルドの目の前までいく。


「アオイ、様?」


 座ったままジェラルドは、不思議そうにこちらを見ていた。

 いつもなら見上げる位置にジェラルドがいるが、今は座っているおかげで頭の位置が近い。

 私はジェラルドの首に手を回すと、そのままぎゅっと抱き締めた。


「そんな悲しいことを言わないで」


「え……」


 ジェラルドが固まってしまっているのがわかる。

 私は構わずに言葉を続けた。

 

「私は、ジェラルドの存在に助けられてきたんだよ。ジェラルドがそばにいてくれたから、知らない世界でも安心できたし、笑って過ごせた」


 それは紛れもない私の本心だった。

 どこへ行っても、強いジェラルドが私の味方でいてくれるから、心穏やかに過ごせたのだ。

 それだけは、否定して欲しくなかった。

 

「全部全部、ジェラルドのおかげなんだよ」


 ――私、やっぱりこの人のことが好きだ。ジェラルドと一緒にいたい。


 私なんかよりも、エルミナさんのような大人っぽい女性の方がジェラルドには似合っていると頭では分かっている。

 だけど、やっぱり、それでも。私はジェラルドのことが好きだ。


 元の世界に帰る決断をするその時、私はジェラルドのそばから離れ、帰ることができるのだろうか。

 この世界に、恋心を置いて。

 

 ジェラルドはしばらく私の腕の中で固まっていたが、やがてそっと片手を私の背に回してくれた。


「アオイ様……。ありがとうございます。あなたにそう思っていただけて、騎士としてこれ以上幸せなことはない」


「……っ」


 耳のすぐ真横で、ジェラルドの声がする。

 体勢的に考えなくても明らかなのだが、あまりにもジェラルドの声が近い。

 今更ながらに自分がしたことが恥ずかしくなって、私は慌ててジェラルドから離れた。


「ご、ごめんねっ! 急に抱きしめたりして!」


「いえ。アオイ様から俺に触れてくれるなんて、嬉しいです」


 ジェラルドは幸せそうに顔をほころばせている。


「わ、私、先に寝るね!」

 

 いたたまれなくなった私はそう言って逃げることにした。

 もう夜も遅いし、雨に打たれているということもある。

 体調を整えるためにも早く寝た方がいいだろう。うん!

 

「あ、アオイ様。俺はこっちのソファで寝ますので、何かあればお呼びくださいね」


 ――ん? ソファで寝る?

 

 ジェラルドの言葉に一瞬引っかかるものを感じたものの、私は部屋のある寝室スペースに向かうことにした。

 ジェラルドの言葉の意味を察したのは、置かれているベッドを見てからだった。


 

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