55・騎士の苦悩①
宿屋の方が貸してくれたという服は薄手の白いワンピースのようだった。
紙袋の中に入っていたタオルで軽く体を拭いて、手早くワンピースを身につける。
「ジェラルド、着替えたよ」
そっと部屋の扉を開けて声をかけると、向かいに立っていたジェラルドと目が合った。
「よく似合っておりますね、かわいいです」
ジェラルドは目元を細めて褒めてくれる。
その姿はいつも通りといえばいつも通り。
だけど、私の気のせいだろうか。
いつもは疲れなんて微塵も感じさせないほど涼やかな顔をしているのに。改めて正面から見たジェラルドは、なんだか疲れているような気がした。
――さすがのジェラルドとはいえ、雨の中を馬で走ったんだもん、疲れて当然だよね。
「俺も着替えてよろしいですか」
部屋に入りながら、ジェラルドは私に聞いてきた。
ジェラルドの格好も、私と同様ずぶ濡れ状態だ。
早く着替えた方がいいだろう。
「あ、うん。私、部屋出てようか?」
「……アオイ様がお嫌でなければ、室内にいていただきたいです。俺の目が届くところにいないと、不安になる」
ジェラルドの言葉に、苦しそうな表情に、私は何も言えなくなってしまった。
――私、ジェラルドにどれだけ心配をかけたんだろう。
ジェラルドは、いつだって真剣に、 私に向き合ってくれていた。
どんなことからだって、守ろうとしてくれていた。
そんな私が急にいなくなれば、この騎士様が心配しないわけがない。
これは私の自惚れでもなんでもない。
そばにいた時間で確実に積み重ねてきた、ジェラルドへの信頼だ。
きっとジェラルドは、私を探すために全力を尽くしてくれた。
私の居場所をつきとめて、単身馬を走らせ、迎えに来てくれた。
今までの言動から、聞かなくても分かる。
「わかった。私、向こうにいるね」
これ以上ジェラルドに負担をかけるわけにはいかないだろう。
私は素直に部屋に残ることにした。
ただ、着替えている男の人の近くにいるのはさすがに気恥ずかしいのでそそくさと移動する。
濡れたブラウスやらスカートやらでも吊るして時間を潰すのが吉だろう。
◇◇◇◇◇◇
――はぁ、やっと落ち着ける……。
ジェラルドが用意してくれたスープを食べ終わったあと、私はほうと息を吐き出した。
「少しは落ち着かれましたか?」
向かいに座るジェラルドが、私の様子を見てくすと微笑んでいる。
「うん。あの、助けてくれてありがとう。それと……迷惑かけてばかりでごめんね」
街散策の時といい、今回といい、ジェラルドには助けられてばかりだ。
私が謝ると、ジェラルドは「いいえ」と緩く首を振った。
「俺はあなたを守るためにいますから。頼ってください」
ジェラルドの温かな言葉が、私の心にじんわりと染み込んでいく。
ジェラルドはやっぱり優しい。
「アオイ様、お疲れのところだとは思いますが、俺が客間を出た後に何があったかお聞かせいただけますか?」
私を気遣いながら尋ねてきたジェラルドに、私は静かに頷いた。
「……うん」
正直、上手く話せる自信はない。
だが、国王様が言っていたことや、神様から聞いたことを自分なりに整理してジェラルドに伝えた。
「なるほど……。あの人はそんなことのためにルーチェ様を……」
私の話を聞き終わったジェラルドは、しばらく難しい顔をして何やら考えているようだった。
「ね、ジェラルドと国王様って、そんなに仲が悪いの……?」
聞いてもいいか不安で、ジェラルドの顔色を伺いながら聞いてみる。
ジェラルドは私の口から出た「国王様」という言葉に、どこか困ったように苦笑した。
「……そうですね。少し長くなりますが、お話してもよろしいですか?」
「いいの?」
ジェラルドは国王様のことについてあまり話したくなさそうだったから、まさか教えてくれるとは思わなかった。
「ええ。あなたには知ってほしいなと思いまして」
そう言ってジェラルドは微笑んだ。