54・水もしたたる……
馬は私たちを乗せて、湿った森の中を駆けていく。
雨が降りそうだからだろうか。
湿度が高い気がする。空気が肌にまとわりついて気持ち悪い。
夕暮れ時なことと天気が悪いせいもあって、森の中はより薄暗く感じられた。
「アオイ様。慣れない馬の上だとは思いますが、もう少し我慢してくださいね」
ジェラルドは私を気遣うように声をかけてくれる。
確かに馬に乗ったのは初めてだ。馬はそれなりの速度で駆けていく。
一人で乗馬なら、私はきっと怖くて大騒ぎしていただろう。だけど、ジェラルドがいるなら怖くない。
「ありがとう。……ん?」
ジェラルドにお礼を言ったその時、私の鼻先に何か冷たいものが触れた。
ぽつり。
ぽつり。
ふと空を見上げれば、どんよりとした灰の空から雨粒が落ちてきている。
「降ってきましたね……」
「ね、ねぇ、何か強くなってきてる気がするんだけど」
私は片手で頭を多いながらジェラルドに言葉を返す。
最初は小雨だったのだが、気づけば大粒になって降り始めていた。
声をかき消してしまうほどの大雨だ。
少し寒い……。
私が身震いしたことに気づいたのか、ジェラルドは思案するように息を吐いていた。
「……さすがにこのまま神殿に向かうわけにはいきませんね。近くに町があったはずです。一旦そちらへ向かいましょう」
「そ、そうだね」
そうして私たちは、真っ直ぐに神殿へ帰るのではなく、町へ寄り道することになった。
◇◇◇◇◇◇
たどり着いた町は、私が行ったことのある神殿近くの町とは違う町のようだった。
神殿近くの町は、城下町ということもあって家だけではなく屋台も多く立ち並び、たくさんの人が行き交っていた。
それに比べると、今いるこの町は小さな町ではある。その分、周囲はとても静かだ。
ジェラルドは、町に入ってすぐに宿屋を見つけてくれた。
どうにか空いていた一室を借りることが出来たのはいいのだが……。
――これって、ジェラルドと今夜二人っきりってこと……?
私はジャケットが吸ってしまった水気を洗面所で絞りながら考える。
ジェラルドはというと、私を借りた部屋まで案内したあと「宿屋の方と少し話してきます」と言って出ていった。
――さすがに同室なのは緊張するんだけど。
だが、他に部屋が空いていないらしいので仕方がない……。
この世界に来てから、ジェラルドはずっと私のそばにいてくれた。
だけど、同じ部屋で一夜過ごすなんてシチュエーションは初めてだ。
「すみません、お待たせしました」
部屋の片隅にあった木製のハンガーラックに絞ったジャケットをかけていると、ジェラルドが戻ってきた。
片手には、何やら紙袋を持っている。
「宿屋の方が服を貸してくださったので、とりあえず着替えましょう」
……それは大変ありがたい。だけど、ちょっと待ってほしい。
「わ、わかった、わかったから、あんま近づいてこないで……っ」
服を片手に近づいてくるジェラルドから、私は慌てて距離をとった。
顔を赤くして逃げる私に、ジェラルドは不思議そうに首を傾ける。
「何故ですか? 俺は何か、アオイ様の気に触るようなことをしましたか?」
「ち、違うよ! そうじゃなくて……っ」
不安そうに尋ねられて、私は顔の前でぶんぶんと手を振った。
この騎士様、察しが悪い!
私の格好をよくよく見てほしいと思う。
あ、ちがう。やっぱり訂正。よくよく見られると困る。
なぜなら、ブラウスが透けてしまっているからだ。
急いで町に向かったとはいえ、全身ずぶ濡れになってしまった。着ていた制服はすっかり水を吸ってしまって重くなっていた。一応外でも絞ったのだが、まだ絞り足りなかったらしい。
なので、先程とりあえずジャケットを脱いで水気を絞っていたのだ。
中に着ていたブラウスも少し濡れてしまったようで、胸元のあたりが透けてしまっていた。
「ちょっと、服が透けちゃってて、見られるのが恥ずかしいというか……」
「あ、あぁ! 思い当たらなくてすみません!」
ごにょごにょと顔を逸らして言うと、ジェラルドはようやく意味を理解してくれたらしい。
ジェラルドはわたわたとした様子で、紙袋を近くにあった机の上に置いた。
「俺は部屋の外にいますので、着替え終わりましたらお呼びください……!」
そう言って、ジェラルドは部屋を出ていく。
一瞬見えたジェラルドの横顔は、赤かったような気がした。