51・呪いの元凶
「な、なんなの、あの国王様は……」
国王様が部屋を出ていったあと、ソファに脱力してしまった。
彼の言い分は、自分勝手だ。
神様を呪い、力を奪ったのも、私がさらわれているのも、全てジェラルドに勝つためということか?
ジェラルドは国王様について「あまり仲は良くないんです」と言っていたが、そんな可愛いレベルではない。
下手をしなくても国王様は、ジェラルドのことを憎んでいるんじゃないだろうか。それくらいに兄弟仲がこじれていると感じた……。
なまじ、長年屈折した思いを抱え続けていたせいもあるのだろう。
『いやぁ……随分とこじれた兄弟仲だなぁ』
突如聞こえた、呑気な声。
はっと顔を上げると、目の前に神様がふわりと浮いていた。
近くで見た神様の姿は、やはりいつもよりも透けていて、揺らいでいるようだった。
「神様!?」
思わず声を上げてしまって、私はすぐに口元を押さえ込んだ。
何事か、と国王様がこの部屋に舞い戻って来ては困る。
「どうして肝心な時に助けてくれなかったの……! 話が違うじゃない!」
私は声を潜めて神様に言った。
この神様、「遠慮せずに呼びたまえ」だの「僕も君を守ろう」だの言ってくれていた気がするのだけど、あれは嘘だったのか。
責めるように見つめる私に、神様は「ぐっ」と言葉に詰まっているようだった。
「し、仕方ないだろう! あの王が持っていた杖の気配にやられたんだ!」
「……杖?」
確かに国王様が持っていた杖からは変な気配がした。それに、国王様自身からも。
『君の世界にはなかったのだろうが、この世界にはまじないというものが存在する』
神様の言葉に、私は以前ニコラスやジェラルドと話したことを思い出していた。
まじないとは、道具を使った呪詛のようなもの。
術者の命を使うために、この国では禁忌とされている、と。
確かジェラルドが、そう言っていたはずだ。
『よく覚えていたな』
私の思考を読んだ神様が、驚いた様子で褒めてくれる。
しかし、すぐに神様は表情を引き締めた。
『あの杖は呪具だ。あの国王は、杖を媒介に僕を呪ったんだ』
「……っ」
神様本人の口から放たれたその事実に、どうしても衝撃を受けてしまう。
国を守護している神様を、国を統治すべき国王が私情で呪うなど……。
そんなことがあっていいのか。
「私は、どうしたらいい……?」
気持ちとしては、神様を助けたいのだ。
神様のことを助けたいと、ずっと願ってきた。
だが、まじないとやらは私の世界にないし、対処法が分からない。
あの杖を壊したらいいのだろうか……?
『いや……。一旦逃げた方がいいだろう。あの国王は、長くはもたない』
――長くはもたない?
言葉の意味を捉えられなくて、私は眉をひそめてしまう。神様はどこか考えるような視線をしていた。
『まじないは、術者の命を使って行うものだ。国王は命の大半を使って僕を呪っている。……それに、国王は人の子だ。神の力は人の身に余る。そのうちに、力に乗っ取られるだろう』
――えーと、難しくてよく分からないけど……。
「このままここにいてもまずい?」
理解しきれないまま尋ねると、神様はふむと顎に手を当てて考える素振りを見せた。
『……まぁ、そうだな。騎士もいない、まじないへの対処法もない、僕も君を助けられるか分からない。この状況で国王に挑むのは無謀ではないか?』
「確かに……」
ジェラルドもいない、ニコラスもいない、土地勘もないし、知らない屋敷の中。この状況、私にとって圧倒的に不利だ。
いくら神様の後ろ盾があるとはいえあてにはならないし、ただの16の小娘が国王陛下に対してどうにかできるとは思えない。
「でも、逃げるっていってもどうやって?」
私は立ち上がると、扉の方へ近づいた。
ドアノブを握って捻ってみるが、やはり外側から鍵をかけられているらしい。
扉は開きそうにもなかった。
「ドアは開かないし、ここ二階だよ?」
今度は窓の方へ近づいてみる。
私の身長の二倍はあるだろう、背が高くて大きな窓ガラスだ。
はめ殺し窓なのか、鍵も見当たらない。
『そのうち騎士が迎えに来るだろう。だがまぁ、いろいろ部屋を探ってみるのも悪くない』
「それはそうだね」
私は神様の提案に頷くと、部屋の中を片っ端から漁ってみることにした。
立派なお屋敷の一室だ。もしかしたら隠し扉の一つや二つ、あるかもしれない。
『隠し部屋があったら確かに面白いなぁ。今度ニコラスの夢に出て、作るよう言ってみようか』
「やめて」
信心深いニコラスなら、神様がなにか頼めば嬉々として動きそうで怖い。
神様とそんな会話しながら、私は自分の心が落ち着いていくのを感じていた。
この変な神様でも、やはりいるだけで違う。
あのまま一人だったら、どうしたらいいか分からなかった。
神様が現れてくれて良かった、と心の片隅で思う。
『ふふん、そうだろう? 僕の存在に感謝するといい!』
「ちょ、人の心勝手に読まないでよ!」
神様の読心の力は、考えただけで伝わるから便利ではあるが……少し恥ずかしいものがある。
神様と軽口を叩きながら、私は窓の様子をもう一度確認した。
窓の外はどんよりとした灰色の雲が広がっている。
もしかしたら、雨でも降るかもしれない。