49・急転
「神子殿は話がわかるな」
国王様は満足げな様子で、ソファにどっかと腰かけた。
足を組んでこちらを見上げる様はとても高圧的だ。
――なんか嫌だな……。
思うものの口には出さない。
「お前、名前はなんと言う」
「……立花葵です」
私はニコラスの隣に立ったまま、警戒しながら答えた。
国王様はそれに対して気にした素振りは見せず、ふむと頷いている。
「ニコラスから聞いた通りだな。この辺では聞かない名に、妙な装束……。まぁ良いだろう」
やがて国王様は、私の方へ真っ直ぐに視線を向けた。
「アオイ、単刀直入に言う。私のものになれ」
「…………はい?」
一体何を言い出しているんだ、国王様は。
私も、もちろんニコラスも唖然としてしまっていた。
「お言葉ですが陛下、彼女はルーチェ神の遣い。ルーチェ神同様、不可侵の存在だと考えます」
我に返ったニコラスが、私の代わりに反論してくれる。
「ふむ、お前たちはこの娘の力が分からないのか? 体のうちに、溜まりつつあるのが……」
国王様は、持っていた杖の先を私へと向けた。
――怖い。
氷のような国王様の視線が私を射抜く。
まるで、獲物を狩る猛獣のような視線だと感じた。
「その力を……神子という存在を、有効活用したいと思うのは人として道理」
国王様が、赤い宝石が埋められた杖の先端をくるりと回す。
たったそれだけで、私もニコラスも動けなくなってしまった。
体が凍りついてしまったように動かないのだ。
この世界には、魔法のような力は存在しなかったはずだ。
あるのは、まじない――。
――あ、これは、まずい……。ジェラルドを呼ばなきゃ……。
そう思うものの、声が出ない。
国王様はゆらりとソファから立ち上がると、私の方へ近寄ってきた。
抵抗する力もなく、国王様に横抱きに抱えあげられる。
――どうしよう……助けて、神様……!
『……なかなか厄介なことになっているな』
私が心の中で呼んだと同時、神様がふわりと目の前に現れる。
姿が半透明に透けているのはいつものことだが、今日はいつもよりも薄い。
『だが、この力は……。なるほどな、そういう事か』
――一人で納得してないで助けてよ!
『分かって、……るとも――』
――神様……!?
現れてくれたはいいものの、なんだか神様の姿は揺らいでいるようだった。
そのまま、ぼやけるようにして消えてしまう。
国王様は私を横抱きに抱えたまま、庭に面している大きな窓の方へ歩いていく。
お付きの人が焦った様子で窓を開けたのがわかった。
外から強く風が吹きこんで、カーテンが強くはためいていた。
「アオイ様……!?」
部屋の異変を扉越しでも察知したのか、ジェラルドが部屋の扉を開けた。
――ジェラルド……!!
「何をしているんですか!!」
「神子殿を、貰っていくだけさ」
ジェラルドの激高した声が聞こえる。
こちらに駆け寄ってくるジェラルドに、国王様は不敵な笑みを浮かべていた。
「ではな」
窓から出てすぐに馬車が止められていて、私は箱の中へと放り込まれる。
――ねぇ、なんでこんなことになったの。
国王様に何故か連れ去られるわ、神様は急に消えるわ、なんだか散々だ。
帰りたい。
元の世界よりも先に、とりあえず神殿へ帰りたい。
あっという間に発車する馬車の中で、私は一人泣きたい心地だった。