45・騎士団長のお仕事
国王陛下が五日後にやってくる、とニコラスから衝撃の情報を得た二日後。
私は朝食を食べた後、鍛錬場に一人向かっていた。
というのも、ジェラルドを迎えに行くためだ。
――ジェラルドを迎えに行くとか、新鮮……。
『申し訳ありません、アオイ様。騎士団の合同訓練が少々長引いておりまして……。神子様が朝食を召し上がられる頃には終わると思いますので、鍛錬場に来ていただけますか?』
今朝いつものように私の部屋にやってくるなり、ジェラルドは申し訳なさそうな顔で言った。
どうやら鍛錬途中で抜けてきたらしいが、ジェラルドは汗一つかいていない様子だった。さすが騎士団長。
食堂にいたニコラスに少し話を聞くと(エミールくんも合同訓練のため不在)、ジェラルドは、日中は私の護衛をしながら朝夜は騎士団長としての仕事をこなしているらしい。
ほんと、ニコラスといいジェラルドといい、よく働く。いつか過労死してしまいそうだ。
鍛錬場へ続く渡り廊下を歩きながら、私は取り留めもなく考える。
――ジェラルド……、あれから結局何も言ってこないけど、どうしたいんだろう。
あの花畑での一件から三日が経った。
ジェラルドの態度は、いつも通りといえばいつも通りだ。
ただし、変わったこともある。
あの日からジェラルドは、私のことを『神子様』ではなく『アオイ様』と呼ぶことが増えた。
そして時折、以前よりも熱のこもった視線を向けてきている、ような気がする。
対して私はというと、ジェラルドの好意にどうしたらいいのか分からないままだった。
これが元の世界なら、ジェラルドの好意を素直に喜べたに違いない。
私だって、ジェラルドのことが好きだ。
ジェラルドのそばにいると安心するし、どきどきする。
今でさえこれなのに、このままそばにいたらきっと取り返しがつかなくなる。
――……ジェラルドは、もしかしたら私の答えを求めてないのかな。
そもそも花畑で想いを告げられたときだって、彼は私の返事を聞いてこなかった。
私にとってはある意味都合がいいが、ジェラルドはそれでいいのだろうか。
一方的な想いのままで。
◇◇◇◇◇◇
「やぁっ!!」
「……まだ脇が甘い。次」
――わっ、すごい気迫……!
鍛錬場の扉をそっと開けると、そこは騎士たちの熱気で満ちていた。
中央では、ジェラルドと部下の神殿騎士が剣を打ち合っているようだった。
「はぁぁ……!!」
「……前回よりはマシだが、反応が遅い。次」
――つ、強い。
神殿騎士たちが入れ替わり立ち代わりジェラルドと打ち合っているようだが、圧倒的な実力差があることは私の目にも明らかだ。
ほかの神殿騎士たち息を乱し、休憩を挟んでいるのに対し、ジェラルドは息一つ乱していない。
ジェラルドがまともに戦っているところを見たのはこれが初めてだが、全力を出していない様子だった。
――この騎士様、本気を出したらどれだけ強いんだろう……。
鍛錬場の端っこでジェラルドの戦う様を眺めていると、当の本人と視線が合った。
にこりと優しく微笑まれる。
「……っ」
見た目も性格もかっこいいのだから、そういう不意打ちな行動はやめて欲しい。心臓に悪い。
しばらくして鍛錬は終わったようだった。
ジェラルドの号令の元、神殿騎士たちがそれぞれの場所へと散っていく。
仕事へ向かうのか鍛錬場を出るもの、鍛錬を続けるもの、休憩するもの、と様々だ。
「お疲れ様、ジェラルド」
私は端で水分補給をしていたジェラルドにそっと声をかけた。
「アオイ様、お待たせして申し訳ありません」
近くで見ても、ジェラルドは爽やかなままだ。
疲れた様子など微塵も感じられなかった。
――すごいな、この騎士様……。
「それは大丈夫。ジェラルドってやっぱり強いね」
「そんなことはありませんよ。まだまだです」
ジェラルドは至極真面目な顔で言うが、そんなことはあると思う。
「こういう鍛錬っていつもしてるの?」
「いつもというわけではありませんよ。定期的にしているのですが、今回は長引いてしまいまして……」
ジェラルドは私を待たせたことに対してしゅんとしているようだが、気にしないでいいのに、と思う。
「ううん、見れてよかった!」
「……アオイ様」
私がそう言うと、ジェラルドは嬉しそうに微笑んだ。
――あ、その顔……すごく好き。
優しく口元を綻ばせたジェラルドに、私は自然とそう思ってしまう。
やっぱりもう、私は手遅れなのかもしれない。
「アオイ様……? お顔が赤いようですが、熱でもありますか……?」
ジェラルドが心配そうに手を伸ばしてきて、私ははっと顔を上げた。
勢いよくぶんぶんと首を横に振る。
「だ、大丈夫!!」
「そうですか……?」
いまだ心配そうなジェラルドをどう誤魔化すか考えていると、ふと艶っぽい女性の声が割り込んできた。
「こんなところにいたの? 探したわ」
「え、エルミナさん!?」
声のした方を見ると、鍛錬場の入口にエルミナさんが立っていた。