43・騎士様と花畑②
「ジェラルドって、どんな子ども時代だったの?」
「どんな……とは?」
内心どきどきしながら尋ねると、ジェラルドは考え込む素振りを見せた。
そんなに難しい質問をしたつもりはないのだけど。
「誰と過ごしてたとか、夢中になってたものとか」
私はそう言葉を付け加える。
ジェラルドは、顎に手を当ててどう伝えるか考えているようだった。
「俺は、だいたい一人で過ごしていましたよ。まぁ、今もですが」
「一人?」
私は思わず花かんむりを作る手を止めて、ジェラルドの方を見た。
確かにこの騎士様が誰かと群れているところは想像出来ないのだけど、子どもの頃からそうだったのだろうか。
「……基本的に周囲の人間とは距離をとっていましたから。俺には兄が一人居ますが――」
「え、ジェラルドってお兄さんいるんだ?」
驚きのあまり、ジェラルドの話に割り込んでしまった。
なんだか意外だ。
ジェラルドはしっかりしているから、てっきり下に兄弟がいるか一人っ子なのかと思っていた。
「ええ。兄といっても腹違いの兄なんですけど」
ジェラルドはさらりと答えてくれるが、なんだか複雑そうな事情を感じる。
「俺の存在が兄の機嫌を損ねてしまうようで、あまり仲はよくないんです」
聞いてはいけなかっただろうか。
だけど、ジェラルドが普通に話してくれているのに「ごめん」と謝るのは違う気がする。
「俺は……、神子様を不愉快にはさせていないでしょうか?」
少し不安そうにジェラルドが尋ねてくる。
見れば声だけではなく、表情までもが不安そうだった。
――不愉快なんて、そんなことない。
「私は、ジェラルドと一緒にいると、すごく安心するよ。この世界で一番落ち着くし、それに楽しい」
私は立ち上がると、ちょうど出来上がったばかり花かんむりをジェラルドの頭に被せた。
精悍な顔つきのジェラルドが花かんむりを被っている様は、少しアンバランスだ。
だが、そのアンバランスささえも、彼に恋する乙女からしたら微笑ましく感じる。
「だから、この世界にいる間、私のそばにずっといてくれたら嬉しいな」
それはジェラルドへの恋心を置いておいても、私の正直な気持ちだった。
ジェラルドは強い。
神様に信用されるくらいだ。きっと誰よりも強い。
だからこそ、この騎士様のそばなら安全に過ごすことが出来る。
――だけど、そばにいて欲しいのは、私のわがままだ。
私はいつか、元の世界に戻る。戻らないといけない。
だからせめて、この世界にいる間だけは。
この、かっこよくて優しい、私の理想のような男性に片思いをすることくらいは許して欲しい。
「神子様……」
ジェラルドはしばらく固まって私を見つめていたが、やがて花かんむりにそっと触れた。
壊れ物に触れるかのような優しい手つきだった。
「このかんむりは、俺ではなくあなたにこそふさわしい」
ジェラルドは花かんむりを頭から外すと、静かに立ち上がる。そして、代わりに私の頭へかんむりをのせた。
「アオイ様」
真剣な声で、名前を呼ばれる。
いつもみたいに『神子様』と呼ぶのではなく、私の名を呼んでくる。
「え」
見れば、ジェラルドは私の足元に跪いて頭を垂れていた。
――え、え、何!?
「俺……ジェラルド・フォン・バッケンバッハは、アオイ様に忠誠を誓います。俺の命を賭してでも、必ず、アオイ様をお守りいたします」
ジェラルドは、驚いて目を見開いている私の手をすくい上げると、手の甲に口付けを落とした。
まるで、最初に会ったときのようだ。
だけど、言葉に込められた想いも、真剣さも、何もかもが違う。
何より、この言葉が『神子様』ではなく、『私』に向けられたものだと、痛いほどに分かってしまった。
「ジ、ジェラルド……」
「俺は……。アオイ様……あなたのことが……。一人の女性として、あなたのことが好きです」
「……っ!?」
私の手の甲に口付けたまま小さくジェラルドが放った言葉に、私は息が止まるかと思った。
――ジェラルドが、私を……。一人の女性として好き?
これは、私の夢なのだろうか。
ジェラルドが私のことを好きだなんて、そんなこと……。
ジェラルドに触れられている手が、燃えるように熱い。
夢だなんて思えないほどの熱が、これは現実なのだと伝えてきていた。
――私は、帰らないといけないのに。
この世界にずっといるわけにはいかないのだ。
元の世界には家族も、友人もいる。
ここでジェラルドと両思いになってしまっては、帰りたくなくなってしまう。
「わ、たし、は……」
私は、何も言えなくて、ただジェラルドから視線を逸らした。
なんと返せばいいのだろう。
私も好きだと返すのは簡単だ。
だけど、いずれこの人を置いて帰るかもしれないのに、そんな無責任なことは口には出せなかった。
――私は、どうしたらいいの……?
出口の見つからない迷路に放置された気分で、私はジェラルドの手を無言で握り返した。