39・騎士様不在の一日①
私が異世界に落とされて、八日目。
昨日、ジェラルドは私が落ち着くまでそばにいてくれた。
涙が出なくなるまで泣いたおかげか、気分はずいぶんスッキリしたと思う。
元の世界が恋しくはある。
だけど、ずっと泣いていたってしょうがないもんね!
後ろになんて戻れないのだから、私は突き進むしかない。
「……で、こんなところに何しに来たんだよ」
鍛錬場で剣の鍛錬をしていたらしいエミールくんは、私の姿を見ると嫌そうな顔をした。
エミールくんのそういう反応はもはやいつも通りだ。
「え? だって、今日ジェラルドは急用があるみたいで居ないんだもん。エミールくんは何してるんだろうって思って」
朝一、私の部屋にやってきたジェラルドは、申し訳なさそうな顔で「急用のため、少し出てまいります」と言ってきた。
代わりの護衛として、ほかの神殿騎士の人がついてくれている。
正直、少しだけほっとしてしまったのはジェラルドには内緒だ。
ジェラルドに抱きしめられて、額にとはいえキスをされたのは昨日のこと。
更には、ジェラルドのことが好きだと自覚してしまって、いつも通りに振る舞える自信が無い。
書庫での調べ物もそこそこに鍛錬場へ足を運んでみると、エミールくんがいた。
しばらくエミールくんの剣さばきを見学していたのだが、気づかれて今に至るというわけだ。
「鍛錬の邪魔だ! 帰れ!」
「えー、エミールくんとお話したかったのに……」
――ジェラルドがいない今、ある意味チャンスなんだよね。
ジェラルドがいたら、十中八九ジェラルドとエミールくんがぶつかってしまってゆっくり話すこともできないだろう。
つまり、今がエミール君と仲良くなる絶好の機会だ。
「そ、そうか、ボクと……。す、少しくらいならいいぞ。ちょうど休憩する予定だったからなっ」
エミールくんは顔を逸らしながら言うと、剣を鞘に収めた。
ツンケンしてはいるものの、エミールくんはやっぱり優しい。
「わ、やった! ありがとう!」
エミールくんは鍛錬場から出ると、庭に備え付けられてあったベンチに腰掛けた。
私もエミールくんの横に座る。
もう夕方になっていたようで、夕日が花壇の花を鮮やかな橙に染めていた。
「エミールくんって、食事を作っているとき以外は鍛錬してるの?」
「ん? まぁ、そんな感じだな。あとは、先輩騎士の仕事についていくこともある」
エミールくんは「ボクは一番下っ端だから」と言うけれど、先ほど鍛錬場で見た彼の太刀筋は素人目ながらとても綺麗だと感じた。
――きっと、いっぱい努力してるんだろうな。
「エミールくんはきっと立派な騎士になるね。そんな気がする」
その姿を見てみたいとは思うけれど、それはすなわちエミールくんが成長するまでの時間をこの世界で過ごすということになる。現実的には無理だろう。
「そ、そんなふうに言ってくれたのはお前が初めてだ」
エミールくんはどこか落ち着かなさそうに答えた。なんだか、可愛らしい。
「だけど……そうだな。ボクはジェラルド様みたいに強くなってみせる」
「……エミールくんって、どうしてそんなにジェラルドに憧れているの?」
ジェラルドは神殿騎士団長だから、ほかの団員の人からも敬われたり憧れられたりしているのは感じる。だが、エミールくんは特にその思いが強いように思う。
不思議に思って尋ねると、エミールくんは少し考えるような素振りを見せた。
「……まぁ、神子様にならいいか。バカにしたりしないだろうし」
おお、どうやら素直に教えてくれるみたいだ。
少しずつではあるが、エミールくんとも打ち解けてきたような気がして嬉しい。