38・特別
「神子様……」
静かなジェラルドの声と、背中を撫でてくる優しい手のひらに、私の心が次第に落ち着いていく。
涙がようやくおさまって、はたと今の状況に気がついた。
部屋の中。
二人きり。
……抱きしめられているっっ⁉︎
今更といえば今更。
だけど、一度気づいてしまえば、鼓動が加速していくのを止められなかった。
燃えるように顔が熱い。
「ご、ごめんね……っ、迷惑ばっかりかけて!」
私は距離をとろうと、ジェラルドの胸を押した。
だが、びくともしない。
――って、逞しいな……!
一見細身に見えるのにジェラルドの胸は厚く、布越しでも鍛えられていることがわかる。
当然のことなのだけれど、私の体とは全く違う。
――……男の人、なんだ。
ふと、そう感じて。
私の胸が、どくんと跳ねた。
「俺は、一度も神子様のことを迷惑だなんて思った事はありませんよ」
「でも……」
ジェラルドが迷惑だと思っていなくても、私が気になってしまう。
私にできることは少なくても、誰かの迷惑にはなりたくないのだ。
特に、ジェラルドの迷惑には。
――これじゃあまるで、ジェラルドのことが特別みたい。
そこまで考えて、私は一つの答えを見つけてしまった。
――私、ジェラルドのことが好きなんだ。
「俺がそう思っていなくても、神子様が『迷惑』だと感じるなら……。いくらでも俺に、迷惑をかけて下さっていいのですよ」
ジェラルドは優しい。
きっと彼は、相手が私でなくてもこうなのではないだろうか。
「神子様は、俺にとって……特別な方ですから」
「……っ」
私の考えを否定するようなジェラルドの言葉に、驚きのあまり、至近距離にいるジェラルドを見上げた。
ジェラルドの濃紺の瞳の奥が揺れているように感じられて、私は声を出すことができない。
――私が、特別……?
そんなことはありえない、と。
即座に脳内で否定する。
私なんて、ただの平凡な小娘だ。ジェラルドに特別に思ってもらえるような何かなんて、ありはしないのに。
私が特別なのではない。
きっとジェラルドは、私が異世界から突然やってきた可哀想な存在だから優しくしてくれるだけで。同情してくれているだけで。仕事上、私と過ごしてばかりだから情が沸いただけだ。
「俺が……どんなことからも、あなたをお守りいたします。……アオイ様」
それなのに、ジェラルドが私の名前を呼ぶから。
馬鹿な私は誤解してしまいそうになる。
「……っジェラルド」
名前を呼ばれただけで、顔が熱くなる。
赤くなっているであろう顔を、ジェラルドに見られないように背けたいのに。
ジェラルドの濃紺の瞳にとらわれて、私は彼の瞳から目をそらすことができなかった。
「神子様……ご無礼をお許しください」
静かにジェラルドがそう言って、ゆっくりと顔を近づけてくる。
そうして、ジェラルドの唇がそっと私の額に触れた。
――え……。
何が起きたのかすぐには理解できなくて、私は呆然としてしまう。
ジェラルドは、焦がれるような目をして私を見ている。ような気がした。
「俺に、あまり隙を見せないでください……。付けいってしまいたくなる」
「……っ」
……気がした、ではない。
ジェラルドが真剣な顔で言うから、向けられる好意が嘘ではないのだと理解してしまう。
――私、馬鹿だ。
いずれ私は元の世界に帰る。
こんな異世界で恋に落ちたって、どうにもならないというのに。