34・ニコラスとジェラルド
朝食を食べたあと、すぐにニコラスは食堂を出ていった。
馴染みがなくてよく分からないが、神官という仕事はとても忙しそうだ。
ニコラスが部屋を出ていく間際、少し尋ねてみると「私は研究者も兼ねているのですよ」と、いつも通り穏やかな笑みを浮かべてそう言った。
そりゃ忙しそうだ、とさすがに納得だ。
神官と研究者、二足のわらじということか。
「ニコラス様は、高名な神話学者でもあるんです。以前は、王族の家庭教師もされていたんですよ」
「へぇー……すごい」
ジェラルドの言葉に、私は素直な言葉を口にした。
確かに、ニコラスは聡明そうな雰囲気がある。
いや、雰囲気どころか、本気で頭がいい人なんだな、ニコラスって。
神官にしろ、学者にしろ、家庭教師にしろ。
決して馬鹿では務まらないだろう。
「私も教わりたいな……。ニコラス、教えるの上手そうだし」
私の成績は、お世辞にも良いとはいえない。
得意科目は、体育と音楽。苦手科目はそれ以外だ。
一応、授業は真面目に受けているつもりなんだけど……。
私の呟きに、ジェラルドは苦々しい表情を浮かべていた。
「……あの方は、ああ見えて学問のことになるとスパルタですよ」
なんだか実感をともなっているように思えるジェラルドの言い方に、私は首を傾げた。
まるで、教わったことがあるみたい。
「ねぇ、ジェラル――」
「ほら、ボクが焼いてやったクッキーだ。ありがたく食べろよ」
「わっ、エミールくん……!」
いつの間に私の近くに来ていたのだろう。
尋ねようとした私の声は、私の前にクッキーを持ってきてくれたエミールくんによって遮られた。
白いお皿の上に、美味しそうに焼きあがったクッキーが載せられていて、バターのいい匂いを放っていた。
とても美味しそう……!
「あ、ありがとう」
「エミール、いい加減にしろ。いつもいつも神子様にその態度はなんだ」
「ああ、もうジェラルドー!」
もはやお約束だ。
ジェラルドがエミールくんに冷たい視線を飛ばして、私がその間に入る。
「だって、ジェラルド様! この女、ジェラルド様にご迷惑おかけしてばかりじゃないですか! ボクがせっかく忠告してやったのに街では問題起こしてくるし!」
た、確かに。
思い返せば、エミール私が街散策へ行く前日に「気をつけろよ」と言ってくれていた。
にも関わらず、問題を起こしてしまったのは私の責任だ。
「この女ではないだろう、我らがお守りするべき神子様だ! それに、俺は迷惑をかけられたなどと思っていない!」
私が口を挟む前に、ジェラルドがエミールくんに掴みかかる。
ああもうー! この騎士様、普段はものすごく完璧な人だなって思うのに!
一度『神子様』のことになると、途端に好戦的になるから困ってしまう。
「やめてってばー!」
キーーン……!
私の声が食堂に響いて、二人がぴたりと動きを止めた。
思いのほかに声が響いたものだから、私自身びくりとしてしまう。
「……も、申し訳ありません」
「……(ふいっ)」
私に向かって申し訳なさそうに頭を下げるジェラルドと、バツが悪そうに顔を背けるエミールくん。
……対照的だ。
というか、この空気はどうしたらいいのだろう。
ジェラルドへの質問は中途半端になっちゃったし、なんだか居心地が悪い。
「あらあらあら、何をしているの? 楽しそうね。私も混ぜてもらえない?」
そんな居心地の悪い部屋の空気を割くように、艶っぽい女性の声が割って入ってきた。
この声、つい最近聞いた覚えがある。
「エルミナさん!」
後ろを振り返れば、食堂の入口にスリットの入ったドレスを身にまとったエルミナさんが立っていた。
この間着ていたものとは異なるが、どちらもセクシーで美しい……。