31・ばったり遭遇☆
「あの、ジェラルド……。ありが――」
ジェラルドにお礼を言おうとした私の声は、最後まで発せられなかった。広場に闖入者があったからだ。
「我々は反神殿派だ!」
「……っ!?」
――反、神殿派……?
現れた一般市民のような数人の男たちが、声高に叫ぶ。
ジェラルドは私の肩をすぐに抱き寄せた。
「神子様、こちらに」
「ちょ、ジェラルド……っ」
そのままジェラルドに引かれるままに、建物の影に身を隠す。
私の背を壁に押し付けると、ジェラルドは私の姿を隠すように長い腕を壁につけた。
私の顔のすぐ横にジェラルドの腕が伸びて、私の体はジェラルドに囲われる形になる。
って、はいいいい!?
こ、これは……!
まさかの壁ドンですかっ!?
「ジ、ジェラ、ジェラル……」
「し……っ。静かに」
いや、無理無理無理!
ジェラルドが近くて、どうしようもなく恥ずかしくて、私の体に熱が上る。
すっぽりとジェラルドの体で隠されてしまって、自分の小ささとジェラルドの大きさを改めて実感してしまう。
無理だから!
この状況で平常心を保てる人がいたら尊敬するから!
「この国は、存在根拠の無い神という存在に操られている! そんな非現実的なものなど存在しない!」
「……っ!」
広場から聞こえてきたその高らかな声に、私はびくりと肩を揺らした。
はっと我に返る。
「ジェラルド、あの人たちは何を言っているの? この国の人たちは、みんな神様を信じているんじゃないの?」
てっきりこの国の国民たちは、誰一人残らずあの神様のことを信じているのだと思っていたが……。そうではないのだろうか。
尋ねると、ジェラルドは深く息を吐き出した。
「……そうですね。大半の国民はルーチェ様の御加護を信じておりますよ。ですが、さすがに一枚岩ではない。中には不信心な人間もいるということです」
「なるほど……」
デモのようなものだろうか。
ようやく何が起こっているのか理解して、私はジェラルドの体越しに広場の様子を盗み見る。
広場の中央には、20代から30代くらいの男性が数人立っていた。
「神なんて、この国には存在しない!」
「信じられるのは人間だけだ!」
男性たちが叫べば叫ぶほど、広場にいた人々が散っていく。
それはそうだろう。私だって、面倒くさそうな人とは関わりたくない。
「信教は自由ですので不信心くらいでは取り締まりは行いませんが、街を乱した罪でそろそろ神殿騎士が駆けつけると思いますよ」
ジェラルド自身が取り押さえに行かないのは、私の身の安全を守るためと、部下を信頼しているからなのだろう。
「そっか……。神殿騎士って大変なんだね」
ジェラルドが、街を守るのも仕事だと言っていたのを思い出す。
「ルーチェ神は何もしてくれない! 神なんていない!」
再び耳に飛び込んできた、反神殿派の男の声。
その言葉は、酷く私に不快な感情を起こした。
何を、言っているんだろう。この人たちは。
聞いていると、なんだかふつふつと怒りが湧いてきてしまった。
神様は、確かにいるのに。
私はそのせいでこの異世界にいるのに。
何もしない、出来ないのは、人によって力を奪われているからではないのか。
人というのは勝手だ。
神の力を信じたり、奪おうとしたり、否定したり。
神様の存在丸ごと否定されてしまっては、私の存在まで否定されているかのようだ。
「……っ」
「神子様!」
気づけば私はジェラルドの体を押しのけて、広場に飛び出していた。
ジェラルドの焦ったような声が背中に聞こえる。
「あなたたち、ふざけたことを言わないでよ! 神様はいるのに!」
「なんだ……この女」
男たちが私を見て訝しげな顔をする。
だけど、私だって止まれなかった。
「神様のこと知りもしないで、勝手なこといわないで!」
あの神様は、こんな男たちに無遠慮に否定されるような存在ではなかった。
ふざけた神様だが、それでも確かに信じられるものがあったのだ。
「……どこの娘かは知らないが、あんまりうるさいようだと痛い目見てもらうぜ?」
男たちは目配せをすると、男のうちの一人が腰に下げていた剣を抜いた。
……って、け、剣!?
「……っひ!?」
頭に血が上って、すっかり忘れていた。
この異世界が、銃刀法ななどというものがなさそうな世界だということを。
多分威嚇のつもりなのだろうと、頭ではわかっている。
男からは殺気を感じられない。
きっとただの脅しだ。
けれど、目の前に剣を突きつけられては、恐怖で体がすくんで動けなかった。
「俺たちの邪魔をするなら容赦はしない……っ!?」
「……それはこちらの台詞だな」
きんっ、と剣が弾かれる音。
続いてからんと乾いた音がして、弾き飛ばされた男の剣が広場の石畳に転がった。
「……っ」
いつの間に来てくれたのだろう。
私の前には、涼し気な顔に静かな怒りを滲ませたジェラルドが立っていた。
抜き身の剣を手にしたまま、私を守るように背に庇ってくれている。
「この方に手を出すようなら、俺も容赦はしないが?」
「ひっ! 神殿騎士!」
ジェラルドの有無を言わせない雰囲気に気圧されたのか、今度は男たちが小さな悲鳴をあげる番だった。
その後、すぐに駆けつけてきた神殿騎士によって男たちは取り押さえられ、連れていかれた。申請もしていないのに街でデモを始めた件で、取り調べられるらしい。
広場に残されたのは私と、張り詰めた雰囲気のジェラルド。そしてこちらの様子を遠巻きにうかがっている野次馬たち。
「……あ、の」
ジェラルドが剣を鞘に収める音が、やけに広場に響いた気がした。
――まずい。怖い。
さすがにこれは怒られるかもしれない。
私は恐る恐るジェラルドの顔を見上げた。
「神子様」
「は、はい! ごめんなさい!」
自分でも無謀なことをしてしまったと思っている。
私は叱責を覚悟して、ぎゅっと目を閉じた。
…………。
あ、れ……?
しかし、いつまで待っても叱責は飛んでこない。
私がそろっと目を開けたその時、ぐっと強くジェラルドに引き寄せられた。
「っ!?」
え、なになになに!?
「あなたが無事でよかった……」
混乱する私の肩口に、ジェラルドの押し殺したような声が落ちる。
「お願いですから、ご自分から危険に飛び込んでいかないでください……!」
ジェラルドの言葉に込められた強い思いに、私は考えもなしに飛び出してしまったことを酷く後悔した。
私、なんて馬鹿なんだろう。
こんないい人に、心配をかけてしまうなんて。
「……ごめん、なさい」
私はここが野次馬の目がある広場だということを忘れ、ジェラルドの腕の中で項垂れた。