30・これはデート?③
「神子様、ここの屋台は城下町で一番人気なのですよ」
「わぁ……っ!」
気づけば、広場のような開けた場所に出ていた。
円形の広場を囲むように、たくさんの屋台が並んでいる。
ジェラルドの町で一番人気という言葉通り、人気が多い。
どの屋台にも多くの人が列を成していて、甘い香りがそこかしこから漂っていた。
「神子様は、甘いものはお好きですか?」
「好き!」
私はジェラルドの質問に即答した。
食べ物はなんでも好きだけど、甘いものは特に大好きだ!
甘い匂いだけで、無条件にテンションが上がる。
ウキウキとした私の様子に、ジェラルドまでもが嬉しそうだった。
「良かった。お好きなものを食べてくださいね」

財布を探そうとして……、間抜けな私はそこで気づいた。
――私、無一文だった!
財布は学生カバンの中に入れていて、カバンは今手元にない。まぁ、持っていたとしても、日本円がこの世界で使えるとは思えないけれど……。
「……わ、私お金もってないから買わないね……」
うなだれた私に、ジェラルドはまだにこにことしていた。
「大丈夫ですよ。俺が払いますから」
「い、いやいやいや」
さっき、ワンピース買ってもらったばかりだからね!?
さらっと払う気満々のジェラルドはどういうつもりなのか、さっぱり分からない。
そんなに神殿騎士ってお金持ちなのだろうか?
私のためにお金を使うよりも、自分のために使う方が余程有意義だろう。
「神子様、お気になさらないでください。俺があなたに何かして差し上げたいのです」
「……っいや、でも」
ジェラルドの申し出自体は、とてもありがたいことだ。
奢られてラッキー、と思える性格なら良かった。
きっと、ありがとうと素直に甘えられる女の子の方が、可愛いに決まっている。
だけど、いくらジェラルドが自立している男性だと分かっていても、私のためにお金を使わせるのは申し訳ないのだ。
「さっきワンピースを買ってもらったばっかりだし……。あの、あんまり私を甘やかさないで? 私のためにお金を使う必要なんかないからねっ?」
甘やかされても、経験がないから対応に困ってしまう。
「……神子様のためではありませんよ。俺のためです」
ジェラルドは少し考え込むと、穏やかに呟いた。
濃紺の瞳が深く、優しい夜空のよう。
「……?」
どういうことだろう。
私にいくら恩を売っても、ジェラルドが喜ぶような何かを返せる自信はないのだが……。
首を傾げる私に、ジェラルドは微笑んだ。
「俺は、神子様の笑顔が見たいのです。俺のために、笑っていただけませんか?」
「……っジェラルド」
甘い。
お菓子なんかよりも、よほど。
ジェラルドの言葉も、表情も。この場に漂う甘い香りなんて比べ物にならないほどに甘いと思った。
私は、おかしいのだろうか。
返す言葉に困ってしまう。
「ああ、あそこの屋台、人が少なくなってきたみたいですね。すぐに買って参ります」
「え、ちょ……!」
確かに、ジェラルドが見ている屋台は人が減っていた。
私が止める暇もなく、ジェラルドは足早に屋台へ向かっていく。
言葉通りすぐに戻ってきたジェラルドの手には、二本の竹串が握られていた。
竹串には、宝石のようにきらきらとした果実がいくつか刺さっている。片方はいちごのような見た目の赤い果物。もう一つはオレンジのような橙色の果物。
「神子様、どちらがよろしいですか?」
「どちらって言われても……」
この世界の食べ物は微妙に私の世界とは違うから、どんな味なのか想像できなくて選びようがない。
「じゃあ……オレンジ色のほう?」
もう買ってくれたものを断るのも、失礼な気がする。
とりあえず選ぶと、ジェラルドはオレンジ色の果物が刺さった串を、私の口元に差し出した。
「こちらですね。神子様、口を開けてください」
「え、ええ?」
――ま、まさか、『あーん』ってことっ?
そんな、恋人ではあるまいし。
ちらりと視線を上げれば、ジェラルドはにこにことしていた。
何も特別な意味はなさそうだが、ジェラルドにとって人に『あーん』することは普通なのだろうか。
「じ、自分で食べられるよっ?」
さすがにあーんしてもらうのは恥ずかしい。
抵抗を試みてそう言うと、ジェラルドは寂しそうな顔をした。
「俺が食べさせてはいけませんか……?」
そう、しゅんとしないでほしい。
ジェラルドの様子に、こちらの方が罪悪感が湧いてくる。
「いや、いけなくはないけど……」
「でしたら、口を開けてください」
ジェラルドに再度促される。
――この騎士様、意外にも押しが強い……。
目の前には、オレンジ色のお菓子。
ものすごく美味しそうだ。
表面に薄い砂糖がかけられているのか、きらきらと輝いていて見た目にも美しい。
――……このお菓子は食べてみたい。
私は誘惑に負けて口を開いた。
ジェラルドが私の口の中へ、オレンジ色のお菓子を入れてくれる。
「……美味しいですか?」
「……っこれ、美味しい!」
尋ねてくるジェラルドに、私は反射的に笑顔で答えていた。
シャリシャリとした糖衣が甘くて美味しい。中の果物の見た目はオレンジだったが、まるでいちごのような味がする。
小さいのですぐに食べ終えてしまった。ちょっと残念。
初めて食べたが、大満足だ。
顔をほころばせた私に、ジェラルドはほっとしたように口元を緩めた。
「お口に合ったなら良かった。よければ、もう一つ食べませんか?」
「え? それジェラルドのでしょ?」
ジェラルドの手に残る、赤い果物が刺さった串。
普通に考えて、ジェラルドの分だろう。
「実は俺、甘いものが苦手でして……」
ジェラルドは恥ずかしそうに告げてくる。
それなら二本も買わなければよかったのに。
まさかとは思うが、私に選ばせるために二本買ったとか言わないよね?
「あなたがどれを好きなのか分からなくて二本買ったのですが……。よければ食べていただけませんか?」
――まさかとは思ったけど、マジだった!
だけどここで断って、苦手だという人に甘いものを食べさせるのはまずい気がする。
「それは、別にいいけど……。本当にいいの?」
ジェラルドはさっき、私のためではないと言った。
でも、やっぱり私ばかりが得をしているような気がするのだ。
ジェラルドの顔を見上げてもう一度問うと、ジェラルドは嬉しそうに小さく頷いた。
「ええ。俺は神子様の笑顔が見られれば、それだけで満足です」
今度は赤い果物の串が、私の口元に差し出される。
「神子様、あーんしてください」
「あ、あーん……」
ひと口で、口の中いっぱいに砂糖の甘さと果物の甘酸っぱさが広がる。
……甘い。
お菓子もだが、ジェラルドの表情が。
甘くて、優しくて、これ以上直視していたら惹き込まれてしまいそうで。
私は思わず、ジェラルドから目を逸らした。