29・これはデート?②
「……申し訳ありません、神子様」
黙々と歩いていたジェラルドが、不意にこちらを振り向いた。
「へっ!?」
なんで謝罪!?
何かジェラルドに謝られるようなことがあっただろうか。
まったく心当たりがなくて、私は素っ頓狂な声を上げてしまう。
「いえ……。俺はわがままなことを申し上げてしまったと思いまして」
「わがまま!? どこが!?」
もう、この人の思考は私には理解できない。
ジェラルドがわがままだと言うなら、みんなわがままになるだろう。
「わがままでしょう。神子様をこうして独り占めしているだけでも十分だというのに、これがデートであって欲しいだなどと……。俺は図々しい」
自嘲気味にジェラルドが吐き捨てる。
「……っ」
だから、どうしてこの騎士様は……。
こんなにもさらりと、口説き文句のようなことを口にできるのだろう。
しかも、気取った素振りもなく自然に。
そのせいで、まるで本心のように聞こえてしまう。
――ご、誤解しちゃダメだ。
私は自分自身に言い聞かせる。
きっとジェラルドは、『神子様』に向かって言っているだけだ。『私』に向かって言っているのでは、決してない。
今のジェラルドのような嘘の無い瞳でそんな言葉を言われたら、勘違いする女性が続出するのではないだろうか。
「……ジェラルドって、モテるでしょ」
「……はい?」
私は少し足を早めて、前を歩くジェラルドとの距離を一歩分縮めた。
私の方に視線を向けたジェラルドは、不思議そうな顔をしている。
「だって、そういう優しい言葉をさらっと言っちゃうし……」
「何をおっしゃっているんですか? 俺はモテませんよ」
「いやいやいや……」
真面目な顔で返事をしてきたジェラルドに、私は思わず苦笑いしてしまう。到底信じられない。
――そんな、謙遜しなくてもいいのに。
この騎士様がモテないはずはないだろう。
だって、多くの女性の理想をこの人は満たしている気がする。
精悍な顔つきのきりっとしたイケメンだし、180cmを超える高身長。
しかも性格もいい。突然異世界からやって来た私にも優しいし、エミールくんをはじめとした部下にも慕われている。
眼差しも行動も、知的で紳士的。ついでに強い。
以前にも思ったけれど、ジェラルドは本当に非の打ち所が見当たらない。
同じ現実を生きる人間か疑いたくなるくらいだ。
「恋人の一人や二人、いるでしょ?」
いてもまったく不思議じゃない。
私はちらりと街の人ごみへ視線をめぐらせた。ジェラルドに向けられた、多くの女性たちの熱い視線を感じる。
露天の影では、私と同じくらいの年頃の女の子たちが複数人で集まって、「ジェラルド様よ、かっこいい……」とかなんとかキャーキャー色めいていた。
ジェラルドは心外だと言いたげに、ふぅとため息を吐き出した。
「俺はそんな不誠実なことはしませんよ。そもそも恋人なんていませんし、俺に近寄ってくる女性などそうそうおりません」
「ええ……?」
そんな馬鹿な。
確かにジェラルドは長身のせいもあって近寄りづらい雰囲気はある。
けれど、ジェラルドのようなかっこいい男性を放っておく女性がいるだろうか。
「俺は、居るだけで人を不快にさせますから。誰かから好かれることなど有り得ませんよ」
「……?」
――不快にさせる? そんなわけないのに。
私はジェラルドと一緒にいると楽しいし、優しくしてもらえるとすごく幸せな気分になるというのに。
ジェラルドの言葉の意味が理解できなくて、私は首を傾けた。
それだけではなくて、ジェラルドが何かを諦めたような顔をしているのも気にかかる。
「ジェラル……」
「……ああほら、着きましたよ、神子様。ここです」
呼びかけた私の声は、もう普段通りの穏やかな顔に戻ったジェラルドに遮られた。
何かを諦めたかのような寂しげな表情は、一瞬で消えてしまっている。
――気のせい? ううん、多分違う。
一瞬だったからこそ、ジェラルドのあの表情が、私の心にしっかりと焼き付いてしまった。
この騎士様は、一体何を抱えているというのだろう。
神様から『騎士のことに首を突っ込むのは、ほどほどにしておけよ』と忠告されているし、私はいずれ元の世界に帰るというのに。
それでも私は、ジェラルドのことが気になり始めてしまっていた。