28・これはデート?①
「それではエルミナ嬢、失礼いたします。参りましょうか、神子様」
「ジェラルド……!」
ジェラルドはさりげなく私の手をすくい上げて、騎士らしくエスコートしてくる。
いや、だからね? お願いだからちょっと待って?
「はいはい。二人とも、デートを楽しんできてね」
――で、デートっ!?
エルミナさんがさらりと放った言葉に、私は驚きで目を見開いてしまった。
これは、デートなのだろうか。
街の様子を見ることにばかり気を取られていて、これがデートかどうかなんてまったく意識していなかった。
日時や場所を決めて異性と過ごすことがデートになるなら、これはデート……?
今までデートなんてしたことがないからよく分からない。
だからこそ、急にデートだなんて言われると、意識して少し緊張してしまう。
「アオイちゃん、またね。今度は遊びに来て頂戴!」
店先で手を振ってくるエルミナさんに手を振り返すと、私は歩き始めたジェラルドに話しかけた。
「あ、あの、ジェラルド。この服のことなんだけど、買ってもらうのは申し訳ないって言うか、その……」
「……代金のことを気にされているのですか? 大丈夫ですよ。神殿騎士というのは給金がいいですし」
確かにジェラルドは騎士団長だし、お金には困ってなさそうではあるけれども。
「い、いやそういう問題じゃなくて……!」
制服のままだと街の人の注目を集めてしまうから。だから買ってくれたのだと、私だって分かっている。
制服からワンピースに着替えた途端、街の人は誰も私には注目しない。
どれだけあの制服が浮いていたのだろう。
まぁ、ともかく。人の目を逸らすためなら、もっと安物でいいはずだ。それこそ、今しがた素通った露店に飾られているような、薄い生地のちゃちなもので十分。
服の質なんて、触っただけで分かる。エルミナさんの店のこのワンピースは、間違いなく高い。私みたいな小娘にはふさわしくないものだ。
「……俺が、神子様を着飾りたくなったのです。許してはいただけませんか?」
「……っ」
――ずるい。
言おうとしたことはたくさんあったのに、ジェラルドの表情を見たら何も言えなくなってしまった。
ジェラルドが、私を甘やかすように言うから。
私を見つめるジェラルドの視線が、とても優しいから。
……ひどく自分の顔が熱い。
私、変だ。
さっきから、ジェラルドにドキドキしてばかりいる。
「……あの、ジェラルド。ありがとう……」
「あなたにそう言っていただけただけで、俺は幸せです」
目を細めたジェラルドが、言葉通り本当に幸せそうで。
私は、何を返すのが正解なんだろう。
私のお礼の言葉なんてワンピースの値段に釣り合うわけがないのに、ジェラルドは「値段以上のお返しをもらいました」といって微笑んでいる。
「ああ、神子様。もう少し先まで行ってみませんか? この先には、食べ物の屋台があるのです」
「そうなの?」
それは少し……いや、かなり気になる。
街の人たちがどういうものを好んで食べているのか、よく分かりそうだ。
あと単純に、エミールくんの作ってくれる料理が美味しかったから、この世界には他にどんな料理があるのか興味がある。
私はジェラルドの案内のもと、さらに城下町の奥へ進むことになった。
「神子様」
人混みをゆっくりと進みながら、ジェラルドがぽつりと私を呼ぶ。
「なに?」
「……これはデートだと、あなたは思いますか?」
「は……っ!?」
――今その話を蒸し返す!?
ジェラルドが先導して道を開いてくれているから、後ろを歩く私はとても歩きやすい。
だけどその代わり、振り返ってくれない限り、私からはジェラルドの表情が分からない。
ジェラルドはどういうつもりで、私に聞いているのだろう。
「わ、私に聞かれても……」
困る。
だって、私にも分からない。
これはデートなのだろうか。
「……でしたら、俺が勝手にデートだと思っても宜しいでしょうか」
「……え、と?」
――それってどういう意味?
ジェラルドの言葉は、まるでこれを『デートだと思いたい』ように聞こえる。
私の気のせいだろうか。自意識過剰?
なんと言葉を返したらいいか戸惑っていると、ジェラルドは自嘲気味に息を吐き出した。
「……すみません。神子様を困らせるつもりはありませんでした。忘れてください」
ええ……? 今度は忘れろと?
ジェラルドは無茶なことを言う。
それきりジェラルドは黙ってしまった。
私はどうしたらいいのか分からないまま、ただジェラルドの後ろをついて行くことしか出来なかった。