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27・騎士様黙らないでください


「……あの」


 着替え終わってフィッティングルームからそっと店内を伺うと、エルミナさんがすぐにこちらへと駆け寄ってきた。


「あら、着替え終わったの?」


「は、はい」


「あらあらあら! やっぱり私の見立て通りね! 可愛いわぁ!」


 着替えた私を見て、エルミナさんが嬉しそうに、自身の両手を顔の前で握り合わせる。

 ……確かに、エルミナさんが渡してくれた服は文句なしに可愛い。似合うかどうかは別問題だが。


 私はちらりと鏡に視線を向けた。


 今、私が身に付けているのは、街中で多くの女性が着ていた民族衣装みたいなワンピースだ。腰に巻いた太めのベルトが、アクセントになっていて可愛らしい。


 ――こんな可愛い服、着たの初めてかもしれない……。


「えーと、あなた……。名前はなんて言うのかしら?」

 

 私が内心ドキドキしながら鏡を見ていると、エルミナさんが少し首を傾けながら尋ねてきた。

 しまった。そういえばまだ名乗っていなかったと、今更ながらに気づく。


「す、すみません。私、葵って言います。立花葵です」


 私の名前を聞いて、エルミナさんは不思議そうな顔をした。

 この世界の名前は完全に西洋圏だから、日本的な苗字に馴染みがないのだろう。

 

「……? アオイちゃんって呼んでいいのかしら?」


「はい、ぜひ」


「可愛い名前ねぇ。私はエルミナ・リース。よろしくね」


「よ、よろしくお願いします」


 エルミナさんににこりと微笑まれて、同性だと言うのにどきりとしてしまう。

 綺麗でスタイル抜群の美女なのに、笑うと可愛いってずるい。


 ――って、『リース』……?


 エルミナさんが名乗ったその苗字、どこかで聞いたことがある気がする。

 この世界ではよくあるものなのだろうか?

 私の世界で言う田中さんとか、佐藤さんみたいに。


「ジェラルド様ー。アオイちゃんが着替え終わったわよー」


 エルミナさんに呼ばれて、ジェラルドが店の奥へとやってきた。

 入り口の方だと感じなかったが、店の奥の方へ入ってくると、長身のせいかジェラルドはなんだか窮屈そうだった。


「神子、様……?」


「は、はい……!」


 恐る恐るといった様子で、ジェラルドが呼びかけてくる。

 そちらを見上げると、ジェラルドは瞬き一つせずに私を凝視していた。


「…………」


「あ、あの……」


 ジェラルドは私の姿を見て、すっかり固まっている。


 お願いだから何か言って!

 頼むから、黙らないで!


 まさか、ジェラルドが言葉も出なくなるほど、私の格好は似合っていないのだろうか。

 エルミナさんの見立ては正しいと思うけれど、如何せん、モデルが童顔で超絶普通の私だ。着こなせているとは思えない。


「神子様……」


「な、何……?」


 ――さぁ、はっきり言って! 似合っていませんって!


 半ばやけ気味な私の耳に届いたのは、深く息を吐き出すとともに呟かれたジェラルドの小さな声だった。


「か……」


「か……?」


 何を言いたいのだろうと、怪訝に思いながら私はジェラルドを見上げる。

 ジェラルドは口元を押さえると、私からふいと目線を逸らした。


「……っ可愛すぎます」


 …………。

 ……はっ!?

 え、ちょ、今……。可愛いって……。


 よく見れば、逸らされたジェラルドの顔がわずかに赤い……ような気がする。


「ふふふ、私に感謝して頂戴」


「……ええ。感謝いたします、エルミナ嬢」


「だから、エルミナ『嬢』はやめて頂戴ってば」


 ジェラルドとエルミナさんが話す声が、私の頭をすり抜けていく。

 どうしよう。男の人に「可愛い」と言われたのは初めてで、どうしても照れてしまう。


 顔が熱い。

 胸の奥から熱い何かが流れて、体中に巡っていくようだ。


 ジェラルドの一言が、たった一言が、こんなにも嬉しいなんて。私はなんて単純なんだろう。


「神子様がお召しになられているもの、すべて購入させていただきます」


「まいどありー」


 ぼうっとしていたせいで、ジェラルドが私の着ている服を購入しようとしていることに気づくのが一歩遅れた。


「え、ちょ、待ってジェラルド……!」


 声をかけるが間に合わず。

 ジェラルドは、ささっと支払いを済ませてしまっていた。


 いや待って!

 ジェラルドに買わせるつもりはまったくないんですけど!?


 

 

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