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23・猫


「……夢の中では絶対にあんたに会わないといけない決まりでもあるわけ?」


「僕の空間に勝手に入り込んでおいて、第一声がそれか」


 夜、私は神殿内に与えられた自室で眠りについたはずだ。

 だが、ふと気がつけば濃紺で塗りつぶされた世界にいた。周囲では、きらきらと無数の星が瞬く。昨夜と同じ、神様の精神世界とやらの景色だ。

 目の前には前回同様、ふわふわと宙に浮かぶ神様がいた。


「別に来たくて来たんじゃないんだけど?」


 神様の言い方では、私が自主的にここへ来たみたいだ。

 それはさすがに心外だ。夢の中でくらい、休ませてほしい。


「僕が君を呼んだわけでもないのだけどね?」


 神様はそう言うと、空中へ横になった。

 ごろりと体を横向けて、頭を片腕で支える。無重力みたいだ。


「まぁ、いいじゃないか。僕は君を歓迎するよ」


 ありがたいやら、ありがたくないやら。

 だがまぁ、出方も分からないのに出て行けと言われるよりも、歓迎される方がいいに決まっている。


 ――それにしても……いいなぁ。


 私には普通に重力がかかっているというのに、神様は無重力状態。ふわふわと風船のように浮かんでいる。

 同じ空間にいるというのに、私にだけ重力がかかるなんて不公平だ。私も浮かんでみたい。


 私の思考を読んだのか、神様が苦笑した。


「君……。好奇心がすごいな」


「いいじゃない、別に」


 面白そうなことは好きだ。誰だって、一度くらいは空を飛んでみたいと思うものだろう。好奇心をもつことの何がいけないというのか。


「いけなくはないが……」


 神様は不意に体の向きを戻すと、空中にあぐらをかいた。そのまま、ひらりと片手を軽くあげる。

 すると、私の足元に突然柔らかな何かが擦り寄ってきた。


「!?」


 にゃあ、と甘い鳴き声。

 足元に視線を下げれば、一匹の黒猫が私の足の周りをうろついていた。

 

 可愛い!


 私は黒猫に触れようと手を伸ばす。


「騎士見習いに言われなかったか? 好奇心は猫を殺す、と」


 好奇心は猫を殺す。

 さっき、食堂でエミールくんに言われた言葉だ。


 神様がパチンと指を鳴らした。

 それだけで、黒猫が蛇に姿を変える。


「ひっ!」


 蛇はとぐろを巻き、こちらを見ながらちろちろと赤い舌を出している。

 私はすぐさま蛇から距離を取った。


「……それ、どういう意味なの」


 蛇の様子を伺いながら神様に尋ねると、神様はもう一度パチンと指を鳴らした。

 目の前の蛇が、元の黒猫に戻る。

 だが、一度蛇になったと思うと、もうこの黒猫を可愛いとは思えなかった。


「好奇心は猫を殺す。君の世界にもあることわざさ。不思議なものだね。世界は違うというのに、人が考えることは同じということか」


 神様が私の目の前に降りてくる。

 困ったような顔で、私の頭をふわりと撫でた。


「騎士見習いも、僕も、君を心配しているということだよ。好奇心もほどほどにしておけということさ」


 何それ。

 知りたいと思うのは当然のことじゃないのか。

 元の世界に帰るためにも、神様を助けるためにも、知ろうとするべきでは?


「君は前向きだな」


「後ろ向きよりいいでしょ」


「だが、知ろうとして進んだ先が落とし穴、ということもあるかもしれない」


 そう言う神様は、どこか心配そうだった。

 空色の瞳が、揺れている。


「……僕は、人が僕の力を奪おうとするなら、その運命に従うつもりだった。全てはなすがまま、あるがままに」


 ――ああ、この人は神様なんだ。


 不意に実感する。

 神様からは悟りが感じられた。


「……だけど、同時に僕の愛する人の子が、僕の加護を望む。消えたくないと願うのも道理だろう?」


 神様は泣きそうな顔で微笑んだ。

 神様としての悟った感情と、自分が作った世界や人に対する愛情の狭間で揺れているのだろうか。


「君の、僕を助けようという思いはとても嬉しいものだ。だが、本来無関係であるはずの君を巻き込みたくない、という気持ちも分かってくれ」


「……それは、分かるけど」


 どの道、この神様の力がないと私は元の世界に帰れない。

 迷いながらも、思うのだ。やはり私はこの神様を助けるべきだと。


「あの騎士が大半のことから君を守るだろうが、もちろん僕も君を守ろう。君をこの世界へ引き込んだのは、僕の責任だからな。いつでも呼んでくれ。だが……」


 神様は、そこで一度言葉を切った。

 苦虫を噛み潰したような渋い顔をしている。


「……あの騎士のことに首を突っ込むのは、ほどほどにしておけよ」


「……なんで騎士?」


 現時点で知る限り、ジェラルドはとても真面目で仕事熱心な人だ。背の高いイケメンで腕っ節も強い。非の打ち所が見当たらない。

 あの騎士様が危険な存在には思えなくて、私は首を捻る。


「あの騎士は、危険ではないな。危険ではないが……」


「何?」


「人間にしてはなかなかに厄介な事情がある、ということだ」


 厄介?

 神様にそう忠告されるほど、面倒くさい事情でもあるのか、あの騎士様は。


「その厄介な人を私の護衛役にしたのは誰……?」


「……僕だ」


 この神様……!

 やっぱり一発殴っておくべきだ。

 私は拳を握りしめた。


「ま、待て待て待て! あいつほど強い人間はいないぞ! 僕の目に狂いはない!」


 神様が慌てた様子で私から離れる。

 私は逃げられてたまるかと神様を追った。

 ふわりふわりと宙に逃げられて、あっという間に手が届かなくなる。

 この神様、見直しかけたところでこれだ。本当に腹立つ!


「でも問題ありなんでしょ!?」


「それは否定できない!」


「否定してよ!」


 私と神様のくだらない追いかけっこは、私の眠りが覚めるまで続いた。

 夢見はもちろん、最悪だ。

 

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