22・街観光の前夜に
あの後すぐに、ジェラルドとニコラスのところへ外出の許可を取りに向かった。
ニコラスは「この世界のことを知るには街へ行くのが手っ取り早いでしょうね」と言ってくれたので、あっさりと許可が下りたのだった。ありがたい。
というわけで明日は、この異世界に来て4日目にして、ついに街観光に行けることになった。
異世界の街がどんな風なのか、とても気になる!
食堂で夕食をいただいたあと、明日のことを考えてワクワクしながら見た目は紅茶、味は緑茶な紅茶もどきを飲んでいると……。
「……随分と嬉しそうだな」
エミールくんが横目で私を見ながら言った。
夜の食堂には私と、ジェラルドに代わりの護衛を命じられたエミールくんのみ。
当のジェラルドはというと、私が夕食を食べている最中に部下の神殿騎士の人に呼ばれてどこかへ行ってしまった。
「すぐに戻ります」といって出ていったけれど……。私はここで待っていればいいんだろうか?
ジェラルドは常に私のそばについてくれているが、神殿騎士団長の肩書きをもつ人だ。本来なら忙しいだろうに私なんかの子守りをさせて申し訳ない。
……それにしても。
エミールくんから声をかけてくれるなんて意外だ。てっきり、話したくないほど嫌われていると思っていたのに。
「そんなに嬉しそうに見える?」
エミールくんがつい声をかけてしまうほどに?
私が尋ねると、エミールくんは「ああ」と言って小さく頷いた。
「まさか……ジェラルド様がここにいらっしゃらないから機嫌がいいということはないだろうな……!?」
「違うから!」
誤解もいいところだ。
エミールくんは私を一体なんだと思っているんだろう。守ってもらっておいてそんなことを思っていたら、まるで私が悪女みたいではないか。
「明日街を見に行けるから楽しみなだけ!」
「お前……一応異世界から来たんだよな? 知らない街とか怖くないのか?」
「全然! 楽しそうだし、行ってみたい!」
だって、ジェラルドやニコラス、エミールくんが大切に思っているであろう街だ。
優しいこの人たちが大切に思う街なら、そう悪い街ではないだろう。
はっきりと答えた私に、エミールくんは小さくため息をついた。呆れられてる……っ?
「お前、好奇心旺盛だな」
「う、それは否定できない」
『好奇心旺盛なのは良いことですが、少々落ち着きに欠けます』
エミールくんの言葉に小・中・高と担任教師から面談で言われ続けてきた評価が私の頭を過ぎった。
「……ジェラルド様がいらっしゃるとはいえ、何があるかは分からないからな。せいぜい気をつけろよ」
「エミールくん……もしかして、私のこと心配してくれているのっ?」
や、優しい……。
あれだけ昨日も今日の朝もツンケンしていたというのに、一体どうしたというのだろう。
「ち、違う! ボクは、お前がジェラルド様にご迷惑をおかけしないか心配しているだけだ!」
今までよりエミールくんが素直に思えるのは、もしかしてこの場に他の人がいないからだろうか。
逸らされたエミールくんの顔が、少し赤い。照れているのかな。可愛らしく思えて、私はエミールくんにバレないように口元を緩めた。
エミールくんに対して『可愛い』なんて言ったら、また昨日みたいに機嫌を損ねてしまう。言葉には気をつけないと。
「エミールくんって、本当にジェラルドのこと尊敬しているんだね」
言葉の端々から、エミールくんがジェラルドのことを慕っていることが伝わってくる。
エミールくんにとって、ジェラルドは憧れの存在なのだろう。
私が言うと、エミールくんはこちらに身を乗り出した。
「そんなの当然だろ!? ジェラルド様は素晴らしい方だ! 身分を傘に着ることなく常に努力され、今の騎士団長という地位に立たれた……っ!」
熱い調子で語っていたエミールくんが、はっと何かに気づいたかのように言葉を止める。
まるで、何か言ってはならないことまで口にしてしまったかのような……。
「ど、どうかしたの?」
エミールくんの言葉には、何も失言などなかったように思える。
ただジェラルドを褒めたたえただけではないのか。
戸惑いながら私が声をかけると、エミールくんは小さく息を吐き出した。
「……なんでもない。好奇心は猫を殺す。この国のことにしろ、ジェラルド様のことにしろ……。いろいろなことに興味をもつのはいいが、ほどほどにしておけよ」
「ど、どういう意味っ?」
「……(ふいっ)」
「ちょ、無視しないで!?」
何度もエミールくんに聞き返してみるが、すべて無視されてしまう。
ひどい。さっきまで普通に話してくれていたのに。
私が思わず立ち上がったとき、エミールくんがぽつりと呟くように言った。
「……だってお前、いつかは元の世界に帰るんだろ?」
その言葉に、私はつい動きを止めてしまった。
確かにそれはそうだ。
私は別の世界の無関係な人間だ。首を突っ込みすぎると情がわく。もうすでに……。
私が何か言葉を返そうと口を開いたその時、食堂の扉が開かれた。
「……何をなされているのですか、神子様」
聞こえてきた声に振り向けば、ジェラルドが食堂の入口に立っていた。
用事が終わったのだろうか。
「あ、いや、これは……」
これは、まずい。嫌な予感がする。
案の定、ジェラルドはエミールくんを冷たく睨んだ。
「まさかエミール……お前。神子様に無礼なことを……!」
「あーあーあー!」
私は慌ててジェラルドとエミールくんの間に割り込んだ。
エミールくんはジェラルドを慕い、ジェラルドは『神子様』を慕っている。
ジェラルドが過分に私を庇うせいで、必要以上にエミールくんが怒られてしまうのは申し訳ない。
だって私は、ジェラルドのような人に慕われるほどの人間じゃないのだから。