21・『神子様』と騎士様
神様の力を狙う相手についてはニコラスの方でも調査しておくとの事で、あの場は一旦お開きとなった。
――ニコラスにああ言ったはいいものの、私に出来ることって何があるかなぁ……。
この世界のことをもっと知るために、とりあえず書庫に連れて行ってもらっているが……。
私はジェラルドに案内してもらいながら、こっそりと息を吐き出した。
「こちらが書庫でございます」
考えながら歩いていたら、いつの間にやら書庫にたどり着いていたらしい。
ジェラルドが両開きの扉を押し開けてくれる。
書庫に入ると、古びた紙独特の甘い匂いが鼻腔をくすぐった。
「うわわっ! すごいたくさんある!」
すごい!
部屋の中には、まるで迷路のように本棚が置かれていた。
背の高い本棚の中には、ぎっしりと分厚い装丁の本が詰まっている。
私は本棚に近づくと、適当に目に付いた一冊を抜き出してみた。ぱらぱらとめくってみる。
……うん。
ずっと疑問だったんだけど、なぜ読めるのだろう。
ここは一応異世界だ。
この本に使われている文字だって、当然日本語ではない。どちらかといえば、アルファベットのような印象を受ける見たこともない文字が、紙の上に踊っている。
つまり、普通に考えて私が読めるはずがない文字だ。
それが、読める。
ジェラルドやニコラスが話す言葉も、意味をもって私の耳に伝わる。同じように、私が話す言葉も相手に伝わっている。
なぜだ……。
『それはもちろん、僕が翻訳しているからに決まっているだろう。褒めてくれていいんだぞ?』
やっぱりあんたか!
神様がふわりと姿を現す。
いきなり登場されても、もはや驚きもしない。慣れとは怖いものだ。
『ところで、騎士がずっとこちらを見ているがいいのか?』
――ああ、うん。知ってる……。
私は本を流し読みながら、心の中で神様に返事をした。
先程から、護衛のためなのかなんなのか、ジェラルドから視線を感じる。
ジェラルドのようなイケメンに見つめられるのは悪い気はしないんだけど、正直居心地が悪い。
というかこの人、なんでそんなに『神子様』を特別扱いしているんだろう。
ニコラスも私に対して好意的に接してくれているけれど、ジェラルドからは違ったものを感じる。
もしかして、私の他に『神子様』なる存在がいて(もしくはいたことがあって)、その人に何か思い入れでもあるのだろうか。
「ねぇ、ジェラルド」
「はい、なんですか?」
「私の他に、神子っていたことあるの?」
視線は本へ落としたまま。
世間話のように聞いてみる。
「……はい?」
ジェラルドが一拍の間を置いて、間の抜けた声を上げた。
「この国が建国されて1000年は超えておりますが、今まで神子様のような方が召喚された事例は聞いたことがありませんよ」
ジェラルドの言葉に、なおさらわけが分からなくなる。
私の他に神子がいたことがないのなら、なぜこの人はこんなにも『神子様』を特別視しているんだろう。
「そっか。……じゃあ、なんでジェラルドは『神子様』を尊敬しているの?」
「……俺は、『神子様』を尊敬しているのではありませんよ」
どういう意味だろう。
ジェラルドの放った言葉に、私は思わず顔を上げた。意味を探るように、ジェラルドの瞳を見つめる。
涼し気な濃紺の瞳の奥に熱が宿っているような気がして、私の心臓がどきりと音を立てた。
「俺は……アオイ様、あなただから尊敬しているのです」
「……っ」
この騎士様は、ずるい。
私のことを『神子様』とばかり呼ぶくせに、思い出したように名前を呼ばないでほしい。
ジェラルドの瞳が、『神子様』ではなく『私』を見ているような、そんな錯覚に陥ってしまう。
同級生の男子には感じられなかった余裕さが感じられて、不覚にも顔が熱くなる。
「神子様……」
「な、なに……?」
今度は何を言ってくるのだろう、と思ってつい身構えてしまった。
あれ、よく見ればジェラルドの頬が少しだけ赤いような……。気のせいかな……?
「神子様さえ良ければ、なんですけど。俺と、街へ出かけませんか? ご案内して差し上げたくて……」
「え、いいのっ?」
願ってもないジェラルドの申し出に、私は身構えていたのも忘れてすぐに食いついてしまった。
純粋にありがたい。この神殿の外に出てみたいと思っていたのだ。
ジェラルドが案内してくれるなら、迷子などの危険もなく安心安全だろう。
「ニコラス様に許可をいただかなくてはなりませんので、明日以降となりますが……。それでもよろしいですか?」
「もちろん! お願いします!」
この世界来て、一番ワクワクしているかもしれない!
神様のせいでうっかり異世界に召喚されて、元の世界に帰れない状況だというのに、それでも好奇心というものは湧く。
明日がとても、楽しみだ。