19・日常になりつつある非日常②
ジェラルドの後ろをついて食堂に入ると、ニコラスはすでに席について食事をしていた。
私がきたのことに気づくと、ニコラスは手を止めてにこりと微笑みを向けてくる。
「ああ、神子様、おはようございます」
「おはようございます」
陽だまりのような笑顔を向けられて、少し心がほっとするのを感じた。
どうやら私は、知らず知らずのうちに気を張っていたらしい。
ジェラルドに促されるまま私も席につくと、エミールくんが無言で食事を運んできてくれた。
って、エミールくん、なんか機嫌悪そうなんだけど……。
「エミールくん、おはよう」
ダメでもともとだ。とりあえず挨拶してみる。
「……(ふいっ)」
……なんか、思い切り顔を背けられたんですけど。
これは、嫌われてる……?
やっぱり昨日、性別を間違えたことが尾を引いているのだろうか。当然と言えば当然のことなんだろうけども、悲しい……。
「こら、エミール!」
私の後ろに控えていたジェラルドがたしなめるような声を上げる。
だが、エミールくんはさっさとカウンターの奥へ戻って行った。
「神子様、申し訳ありません……!」
「い、いやいや、ジェラルドが謝るようなことじゃないでしょ……っ」
そんな私たちのやり取りを眺めていたニコラスが、微笑ましそうにくすりと笑った。
「ふふ……。神子様はエミールとずいぶん仲良くなられたんですね」
「はい……っ?」
この神官様、一体どこをどう見たら、私とエミールくんの仲が良く見えるのだろう。
こんな、顔を背けて挨拶を無視するほど、エミールくんは私を嫌っているというのに。
「ど、どこがですかっ? 私が悪いんですけど、私、エミールくんに嫌われちゃったみたいで……」
「エミールがジェラルドにたしなめられても態度を変えないのは珍しい。神子様のような、同年代の方と関われることが嬉しいのでしょうね」
ニコラスはどことなく嬉しそうにしている。
エミールくんは私のような同年代と関われることが嬉しいのだろう、とニコラスは言ったが、本当にそうなのだろうか。
とてもエミールくんの態度からは、嬉しい、という感情は伝わってこないけど。
だけど、ニコラスの言葉に思い返してみてみれば、この神殿にいるのは大人ばかりだ。
ニコラスも、ジェラルドも、この神殿内で見かけた他の神殿騎士の方たちも。エミールくんとは歳がかなり離れているのは確かだった。
「神子様さえ良ければ、エミールの友だちになってやってください」
「そ、それはもちろんですけど……!」
ニコラスに頼まれるまでもない。私はエミールくんと仲良くなりたいと思っている。
……当のエミールくんがどう思っているかは、分からないけれど。
ちらりとカウンターの奥へ視線を走らせれば、こちらの様子を伺っていたらしいエミールくんと、一瞬目が合った。すぐにそらされたが……。
「そういえば、神殿騎士の方たちは一緒に食べないんですか?」
目の前にいるニコラスは、優雅な仕草でパンを口に運んでいる。
だが、カウンター奥にいるエミールくんはもちろん、ジェラルドも私の後ろに控えたままで、一向に席につく素振りを見せない。
不思議に思って尋ねると、ジェラルドが口を開いた。
「俺たち神殿騎士は、この神殿や町、神官であるニコラス様……、そして今は何よりも、神子様をお守りすることが仕事です。業務に差し障りがあるため、先にいただいております」
「へぇ……そうなんだ」
神殿騎士というのもなかなか大変そうだ。
ぼんやりとスープをすすりながら、私は相槌をうった。
しかしこのスープ、美味しい……。
昨日は魚介類メインのものだったが、今日のスープは野菜がたくさん入ったものだった。
なんか、じゃがいもに似た野菜とか、大豆っぽいものとか入っている。
『似ている』とか『っぽい』と思ったのは、見た目こそそれっぽいものの、食感や味わいが微妙に異なるためだ。
だからといって、嫌な味というわけではない。美味しい。
なんだか、不思議な気分だ。
私の世界とは違うところも、驚くものも多いのに……。不思議と抵抗はない。
自分にとって非日常であるこの異世界のことを受け入れつつあることを、私は自覚していた。