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とある騎士団長の独白①


 神子様がこのルチアナ聖王国に召喚されて二日目。

 一日中、神子様に神殿内をご案内し、夕食を召し上がる神子様を見守る頃には、時刻は夜の8時を過ぎていた。

 

 神子様を部屋の前まで送り届けると、彼女はくるりと俺の方へ振り返る。

 焦げ茶の髪も、この世界では見慣れない不可思議な衣装も、生き生きとした神子様の魅力をただただ引き上げているようだ。

 

「部屋まで送ってくれてありがとう、ジェラルド」


 神子様は、少し照れたようにこちらを見上げた。

 真っ直ぐな視線が、とても眩しい。


「いえ、これが俺の役目ですから、お気になさらず。ゆっくりとお休みください」


「うん。また……明日ね」


 ゆっくりと扉が閉じる。

 完全に扉が閉じる直前まで、俺は神子様から目が離せなかった。


 ――俺は、一体どうしてしまったというのか。


 しばらく扉を見つめ……、俺は深く息を吐き出す。

 神子様と出会ってからというもの、俺は少し変だ。

 彼女の素直な反応が、俺にとって新鮮で眩しい。出会ってまだ二日しか経っていないというのに、彼女に惹かれてやまないのだ。


 ――これはまさか、恋……なのか?


 21にもなって、今更初恋だろうか。

 はっ、と自嘲気味に息を吐き出す。自分は、この手の感情とは無縁だと思っていたのに。


 ――相手は、神子様だぞ?


 俺のようなただの人間が、恋情を抱いてもよい相手ではないだろう。

 

 タチバナアオイ様。

 この世界の創世神、ルーチェ様より召喚された異世界の少女。

 ニコラス様からルーチェ様のお告げがあったと聞いたときはひどく驚いたし、どんな人間が召喚されるのかと不安を抱いたものだが……。さすがルーチェ様だ。

 まっさらな雪のように純真な心を持つ優しいあのお方は、『神子様』と呼ぶにふさわしい。


 神子様を初めて見たとき、彼女の無垢な瞳に吸い込まれた。

 俺がこの方をお守りしなければと感じた。そう、仕事だからではなく、俺が自主的にそうしたいと思った。

 こんなにも誰かを守りたいと思ったのは、神子様が初めてだ。


 俺は扉の前から動けないまま、自分の手のひらにそっと視線を落とした。


 ――俺は、この手で神子様を守れるだろうか。


 逃げてばかりの俺でも。

 知らず知らずのうちに、周囲の人間を傷つけてばかりの俺でも。


 あの可憐な少女を、守れるだろうか。


 アオイ様は、神に選ばれしお方だ。その清らかな御身を狙う、不届きな輩が現れないとは限らない。


 

 神であるルーチェ様のお力を奪おうとする、罰当たりな輩が無くならないように。


 

 ――いや、守れるか、ではないな。俺が、守ってみせる。


 この感情が恋情であろうと、そうでなかろうと。


「おや、ジェラルド。神子様はもうお部屋に戻られましたか?」


 聞こえた声にはっと顔を上げると、ニコラス様がゆったりとした足取りでこちらに向かってきていた。

 ニコラス様はお忙しい方だが、ここ二日の間は特に忙しそうにされていた。今日も朝早くから出かけられていたが、用事が終わったのだろうか。


「はい。たった今、お部屋へ戻られました」

 

「そうですか。ゆっくりお話でも、と思ったのですが……。また次の機会にでもしましょうか」


「お疲れでしょうしね」とニコラス様は穏やかに言う。だが、その表情にはぴりぴりとしたものが混じっているように感じられた。


「……ニコラス様、何かありましたか」


 俺が短く尋ねると、ニコラス様はふ、と口元を少し上げた。

 

「……鋭いですね、あなたは」


 言うと、ニコラス様は踵を返す。

 俺はニコラス様の少し後ろをついて行った。


「神の力を狙う不届きなものがいると、我々研究者の間で情報が上がっておりましてね……」


 歩きながらニコラス様が口を開く。

 ニコラス様は神官でありながらも、高名な神話学者として活動されている。


「ルーチェ神を愚弄するとは、なんと罰当たりな……」


 ニコラス様の声には、珍しくも苛立ちが滲んでいた。

 ルーチェ様の力を奪おうとする存在は、定期的に現れる問題だった。ルチアナ聖王国の加護を狙う他国や、神の力を求める不届き者の存在は後を絶たない。


 ニコラス様は、地下の祭壇へと続く階段の前で足を止めた。

 

「神子様を狙う存在が現れないとも限りません。ジェラルド、神子様のことは頼みましたよ。不届き者については、引き続きこちらで調査をしておきます」


「は……っ!」


 俺の返事を聞くと、ニコラス様はそのまま階段を下っていく。地下にある祭壇で、ルーチェ様に祈りを捧げるのだろう。


 ――神子様は、必ず俺が守らなくては。

 

 残された俺は窓の外の月を眺め……、強く思った。

 


 

 

 

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