11・騎士様は心臓に悪い
遠くで、コンコンコン、とノックの音が聞こえる。それから、がちゃ、と扉が開く音。
――ああ、もしかしてお母さん?
朝だからと、私のことを起こしに来てくれたのだろうか。
――学校に行かなくちゃ。遅刻しちゃう。
私はゆっくりと夢の中から浮上する……。
◇◇◇◇◇◇
「……こさま。おはようございます。神子様」
「はっ!」
涼やかな男性の声にはっとまぶたを開けて横を見れば、目の前にジェラルドがいた。
ジェラルドはベッド横に膝をついているのだろう。ベッドに横になっている私と思ったよりも近くで目が合って、ついびくりとしてしまった。
「じ、ジェラルド……っ!?」
「はい。おはようございます」
ジェラルドは私の顔を見てにこりと微笑む。
お願いだから、びっくりするようなことをしないで欲しい。
起きたらすぐそばにイケメンがいるとか、心臓に悪いから。
「お、おはよう……」
私はゆっくりと体を起こすと、ジェラルドに挨拶を返した。
心臓がいまだバクバクとものすごい速さで打ち付けてくる。
鼓動を落ち着かせようと私が胸に手を当てていると、心配そうに眉をひそめたジェラルドがさらに私の顔を覗き込んできた。
やめて、無駄にイケメンが眩しい。
「どこかお加減が優れないのですか? すぐに医者をお呼びいたします……!」
まずい、なんだかデジャブを感じる。ジェラルドのこの勢いだと、本当にすぐに医者を呼ばれてしまうだろう。
さっと身を翻しかけたジェラルドの服の裾を、私は慌てて掴んで止めた。
「待って待って待って……! 大丈夫! びっくりしただけだから!」
「そうですか……?」
私はジェラルドを安心させるように、ぴょんとベッドから飛び降りた。
「……私、結構眠ってたんだね?」
昨日の夕方に神様と話したあと、どうやら私は制服のまま寝てしまったらしい。色々なことが起きたせいで疲れていたのだろう。窓の外はもうすっかり日が昇っていて、綺麗な青空が広がっていた。
目が覚めても、元の世界には帰れないまま。
やはりこの世界は、夢ではないということか。
「ええ。神子様がお目覚めになられて良かったです。何度かお声掛けはしたんですが、昨日の夕方からずっと起きられないから心配で……」
「そ、それは心配かけてごめん……」
確かに夕方からずっと、一度も目覚めることなく眠っていた。ジェラルドの心配は最もだろう。
私が項垂れたその時、くぅ、と小さな音が私のお腹から鳴った。
うわー! 馬鹿ー!
こんなイケメンの前でお腹が鳴るとか恥ずかしすぎる!
「あ、あの、その、これは……」
顔が熱い。自分の顔が赤くなっていることが、鏡を見なくても分かる。
お腹を押えながらしどろもどろで話す私に、ジェラルドはくすくすと笑った。
「ふふ……。お腹が空きましたか?」
「…………はい」
昨日は結局何も食べていないのだから、お腹が空くのは当然なのだけれど。何だかいたたまれない。
少し顔を上げたときに見えたジェラルドの表情が優しくて、私は直視できずに顔を下げた。
「食堂にご案内しましょう。俺は外にいますから、身支度が終わりましたらお声掛けください」
ジェラルドが静かに部屋を出ていく。
私ははぁ、と息を吐き出した。
こんな見た目も言動もイケメンな騎士様がしばらく近くにいるなんて、心臓がもたない気しかしない。