10・神様再び②
「はぁ……」
再び静かになった室内で、私はため息を吐き出した。
ジェラルドには私を守るという役目があるからなのだろうが、少し過保護気味な気がしなくもない。
いやでも、外に神様との言い合いが聞こえていたのなら不審に思って当然か……。
そもそも、この神様の姿や声って他の人には認識できているのだろうか。
『いや、僕の声が聞こえているのも、姿をとらえることができるのも君だけだ』
まずい……。脳内で神様と会話が成立してしまった。
神様はあぐらをかいていた机の上からふわりと降りると、私の近くまで音もなく移動した。
なんだか、顔色の白さも伴って、幽霊みたいだ。
ああ、私以外の人が神様の姿も声も認識できないなら似たようなものか。
『神を幽霊扱いするなど、君くらいだろうな……』
「だってねぇ……」
私の心を読んだのか、神様がふうと嘆息する。
そう言われても、初対面の印象が悪すぎて、素直にこの神様を敬おうという気持ちが湧いてこないのだ。
『……ともかく。君を元の世界に返すその時まで身の安全は保証するから、安心してこの世界を楽しめばいい』
「それはありがたいけど……」
私はなんの力もない普通の女子高生だ。
いきなり神子様だなんて特別扱いされても、嬉しさより戸惑いや困惑の方が勝ってしまう。
「……それで、結局私の世界で何してたの?」
思わぬジェラルドの来訪ですっかり話が逸れてしまったので、もう一度問いかける。
そもそも私が異世界に来ることになったのは、神様とぶつかってしまったせいだ。
異世界の神がわざわざ私の世界までやってくるなんて、何があるというのだろう。
『お別れを言いに行っていたのさ』
お別れ? 誰と誰が、お別れなのだろう?
神様の表情に一瞬、寂しそうな色が見えたような気がした。
瞬きをした瞬間にはもう普通の表情に戻っていたから、私の見間違いかもしれないけれど。
『……なんでもない。会いに行っていたんだよ。君の世界の神様に』
神様は小さく苦笑すると、言い直すように先ほどとは別の言葉を口にした。
言い換えたということは、聞かれたくないことなのだろうか。
神様の事情にこれ以上無闇に踏み込むのはなんだかはばかられて、私は意識的に話をそらすことにした。代わりに、神様の出した話題に乗る。
「私の世界の神様……?」
というか、私の世界にも神様はいるのか。
なかなかに衝撃的な話だが、目の前に神様を名乗る存在がいる以上、頭ごなしに否定することもできない。
一体どんな人なんだろう。私の世界の神様は。
神様は私の世界の神様を思い出してか、くすくすと笑った。
『君の世界の神様は、実におっちょこちょいで面白いぞ?』
「お、おっちょこちょい……?」
神様に対しておっちょこちょいだなんて、到底似つかわしくない言葉のように思うのだけど。
私にうっかりぶつかるような神様にそう言われるって……。私の世界の神様は何をしでかしたんだろう。
『この間は過労死寸前の女性に同情して助けようと思った結果、うっかり体から魂を引き抜いてしまったんだそうだ』
「は……?」
なにそれ怖い。
魂を引き抜いた?
それは果たしておっちょこちょいの範疇に収まる内容なのだろうか。
『その女性を異世界に転生させることで事なきを得たそうだが――』
それって、事なきを得たというより証拠隠滅をはかったようなものなのでは……。
私はすっかりドン引いてしまって、神様からそろっと距離を取った。
「やっぱり神様ってろくなのがいないわけ……!?」
類は友を呼ぶというが、まさにそれだ。
うっかり世界の狭間に飛ばすだの、体から魂を引き抜くだの……。曲がりなりにも神様を名乗るなら、もうちょっと神様らしく神秘的な存在でいて欲しい。
『な、なんだと!? 僕は十分神様らしくミステリアスだぞ!?』
「見た目はね!」
憤慨したように神様が言い返してくるが、事実なのだから仕方がないだろう。
黙っていれば超絶美形な神様なのに、喋ると残念にも程がある。
私の世界の神様は分からないが、目の前のルーチェというこの神様はなんだか子どもっぽい中身の神様だ。
私が異世界に来てしまったのは、神様のせい。帰れないのは、神様のせい。
だけど、私はこの神様のことを憎めないと感じはじめてしまっていた。