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第七話 山頂に着いたら山ご飯です

 愛宕山を通過してから登りが緩やかになった。

 少し進むと三室山に到着。

 ピークと呼べるほどの場所は無く、うっかり通り過ぎてしまいそうな山頂だった。

 ここからは尾根道になる。

 左手の視界が一気に開けた。

 木々が伐採されているのだ。

 きれいに根元から切られている。

 少し可哀想な気もするが、おかげで左側の眺めはいい。

 青梅市の周りはもちろん、その先の新宿辺りもよく見える。

 東京の街全体を見るにはまだ高度不足か。

 先を急ごう。

 軽いアップダウンを経て前進。

 爽やかな風が頬を撫でた。

 木の密度が徐々に低くなる。

 つれて視界が開け、斜度のきつい登りにさしかかった。


「もう少しかな」

 呟き、足を進める。


 右、左。

 リズミカルに登りつつ次にどちらに足を置くか。

 右は土がえぐれているから左の根に足をかける。

 左手で木の幹に手をかけ体を持ち上げた。

 次を右に。

 少し巻いている分、直登より斜度が緩い。

 足の置き場を都度考えながら登っていった。

 だいたいどの山にも共通するが、山頂直下は登りがきつい。

 なので分かる。

 そろそろ終わりだと。

 予感は当たった。

 灌木の茂みを抜けると、青空が広がっていた。

 短い木の階段を登るとそこが頂上だった。

 大きく息を着く。

 時計を見ると11時40分。

 予定より少し早いか。

 焦り過ぎると後で差し支えるけど、これくらいなら許容範囲だ。


 日の出山の山頂は割と広い。

 御岳山を経て登ってくる人が大半だ。

 小学生の子供を含む家族連れも何組かいた。

 御岳山まではケーブルカーで登れる。

 なので御岳山〜日の出山はお手軽なハイキングコースとして人気が高い。

 僕のようにわざわざ麓から登る人の方が少ない。

 でもどっちでもいいと思う。

 手軽に登れて満足感を得られれば、それに越したことはない。

 体力に自信の無い人も山の景色を楽しめる。

 逆に麓からじりじりと高度を上げて山頂に着くのもありだ。

 山とは山頂だけを指すわけじゃない。

 どんな山道を経て途中の風景を味わったか。

 自分の足だけで登りきったという満足感があるか。

 そこに重点を置く人もいる。

 山岳部は後者の方だったな。

 ある程度鍛えないとトレーニングにならないから自然そうなるわけだけど。


 まあいい。

 登山のあるべき姿なんて人それぞれだろう。

 ザックを下ろした。

 手近なベンチに腰かける。

 ほっとしながら首を巡らした。

 他にも数脚のベンチが置かれている。

 小さな東屋(あずまや)もある。

 適度に人の手が入っているのも身近さを感じさせた。

 正面に目を向けた。

 標高902メートル。

 低山の部類とはいえ眺望は中々だ。


 青梅市の周辺を眼下に。

 新宿の高層ビル街も遠くに見えた。

 その右手が渋谷の辺りか。

 手前には中央線沿線の街並みが広がっている。

 目立つ高い建物が無いのでまるでミニチュアの街のようだ。

 こうして見ると東京は広い。

 左側に視線を移す。

 一際目立つのはスカイツリーだ。

 高さが634メートルなので日の出山の方が高い。

 そうか。

 低山といってもスカイツリーより高いのか。

 そう考えると結構な高さまで到達しているな。

 山をやっていなければ中々無い体験だ。


 更に左側に目を向けると奥多摩の山が見える。

 近いところで高水三山。

 三山の名の通り、3つの低山が連なっている。

 ミニ縦走が経験出来る人気コースだ。

 その向こうの少し高い山は川苔山かな。

 標高1363メートル。

 川沿いに登っていく山で滝も途中で見ることが出来る。

 奥多摩でも人気の山の一つとして名高い。

 こうして見ると日の出山は眺望がいいな。

 人里に近い山だから他の山で遮られることがない。

 背後を見れば御岳山、更には大岳山というポピュラーな山が間近に見えた。

 うん、いい景色だな。

 冬で空気が澄んでいるのもあるんだろう。


 気温はどうか。

 100メートルごとに0.6℃下がる。

 だからここは海抜0メートルより5.4℃低いわけだ。

 最高気温12℃と天気予報で言っていたな。

 なら7℃か8℃かそんなものかな。

 体が温まっているし日が出ているからちょうどいい。

「雨が降らなくてよかったね」と隣のグループから聞こえてきた。

 まったくだ、と心の中で頷く。

 ついでに風も大したことがなくて良かった。

 吹きさらしになると体感温度が恐ろしく下がるからね。


 何組かの登山者達は全員昼ご飯の最中だ。

 僕も自分の食事に取り掛かる。

 ザックから調理用の器具を取り出した。

 この前購入した携帯バーナーにガスカートリッジを取り付けた。

 メスティンを傍らに置く。


 山ご飯の準備は万端。

 手はかけられないので簡単なものに限られるけど、こういう場所で食べるのは最高だ。

 メスティンに薄く油を引く。

 食材を放り込む。

 うどん、スライスした焼き豚、刻み済みのネギをポンポンと。

 フォークでかき回して炒めると、うん、いい匂いがしてきた。

 焼き豚から滲んだ脂がいい感じにうどんに染みている。

 最後にプラスチックのパックに入れた醤油をさっとかけ回す。

 ジュッ、という音が弾けた。

 山の空気に料理の匂いが溶け込んでいく。

 所要時間3分で完成。

 超簡単焼きうどんの出来上がりだ。

 火を止め、メスティンをそのまま皿にする。

 インスタントラーメンを鍋からそのまま食べるのと同じ要領だ。

 調理器具と食器を別々にするのは持ち物がかさばるだけ。

 ちゃんとした料理は家でやればいい。

 山には山の流儀がある。


 "いただきまーす"


 心の中で唱えてフォークを焼きうどんに差し入れる。

 そのままパクッと。

 うん、やっぱり焼き豚の脂が染みて旨い。

 スタンダードな醤油味がこういう時は一番だな。

 焼き豚もがっつりと胃袋にくる。

 山頂からの景色を眺めて食べれば豊かな気持ちになってきた。

 高い料理は確かに美味しいよ?

 でも景色までは買えない。

 スカイツリーよりも高所にいながら温かい料理を口にする。

 それは山を登った者だけの特権だ。

 別の意味で目で楽しむ料理と言ってもいい。


 しばし無言で焼きうどんをがっついた。

 ネギも良いアクセントになっている。

 ピリッとした辛みが程よく爽やかだ。

 直後のうどんのマイルドなもちもち感がより際立つ。

 登山で疲れた体が満たされていく。

 胃袋から熱が広がっていく感じだ。

 実際スタミナは大事だ。

 疲れていても何か口にしろとよく山岳部の先輩には言われたな。

 そんなことを思い出している内に食べ終わっていた。

 空になったメスティンを軽くキッチンペーパーで拭いた。

 そのままビニール袋に入れてザックの中へ。

 ちゃんと洗うのは帰ってからだ。

 口の中に焼きうどんの余韻が残っている。

 醤油の残り香が鼻腔に抜けた。

 ベンチに座りながら周りを見る。

 他の登山者達もそれぞれの昼ご飯を食べている。

 おにぎり、パン、お弁当。

 あるいは僕と同じく簡単に調理している人もいる。

 皆いい顔をしていた。

 平和だな。

 食事が全てではないけれど、これも登山の重要な要素だ。

 体も心も温まる。


 きっかけはあれだけど、うん。

 登山を再開してみて良かったかも。

 小泉、君のおかげだよ。

 手帳を残していったのはこの為――ってわけじゃあないだろうけどさ。

 でも素直に感謝しておく。


 心のどこかが緩んだ。

 微笑が口元に浮かんだ気がする。

 お茶のペットボトルを開けて一口飲んだ。

 満たされた体でそろそろと立ち上がる。

 最後にもう一度だけ周囲の景色を見渡した。

 登り続けていけば、こういう景色をまた眺められるんだな。

 すっかり忘れていた。

 よし、そろそろ下山しよう。

 帰りは別のルートを使う。

 南側を降りていけばつるつる温泉前のバス停に着く。

 そこが終着点だ。

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