第五話 登山用品を買いに行こう
登山にもレベルがある。
小学生の遠足の山登りと同等なら特に構える必要はない。
手頃なリュックサックとスニーカーでも十分だ。
問題はそこからだ。
これがちょっと高い山で道もラフになってきたとしよう。
体に密着しないリュックだと歩く度に揺れる。
無駄な体力を使って疲れる。
デイパックに教科書を何冊か入れて坂道を歩くことを想像してみてほしい。
あれと同じだ。
重心が定まらないとスタミナ浪費に直結する。
スニーカーでは踏ん張りが効かない。
滑るだけならまだいい。
転倒すれば怪我に直結する。
それどころか滑落のリスクすらある。
山によるがさすがに谷底へ真っ逆さまということは滅多にない。
それでも崖を5メートル程度滑り落ちるというのは十分ありえる。
打撲、打ちどころが悪ければ骨折だ。
こうした事態は絶対に避けたい。
レインウェアは天候次第だが重要だ。
晴れているなら当然不要。
だが山の天気は変わりやすい。
曇りから急転し雨が降ってくることはよくある。
雨に打たれたまま歩けるか?
体は雨で冷え、濡れた衣服はじわじわと体温を奪う。
低体温症で動けなくなればその時点で詰む。
山道で傘を使えるかというとほとんど機会はない。
よほど平坦な道、例えば尾瀬のハイキングコースのような場所なら可能かもしれない。
けれどああいうコースは登山とは別物と考えるべきだろう。
僕が山岳部に入部した時、とにかくこの3つは買えと先輩に言われた。
登山靴、ザック、レインウェア。
他の物は後からどうとでもなるからとも。
これには別の意味もある。
登山用の道具は多岐に渡る。
全部買っていたらきりがないぞ、という注意だ。
よっぽどの大金持ちは別としよう。
でも一般人であれば趣味に使える所持金には限りがある。
そして僕は一般人だ。
幸い登山経験はある。
必要なものだけ買おう。
そう決めて週末に登山ショップに向かった。
最近は登山だけでなくキャンプも含めたアウトドアの専門店も増えてきている。
街を歩いていてふと見かけた人も多いんじゃないかな。
"しかし改めて見てみるとさ、登山のグッズっていろいろあるんだな"
ショップを一巡りしてみての感想がこれ。
登山靴とザックの2つが一番売り場の中でも目立っている。
だが衣類のエリアが負けずと広い。
昔に比べるとファッショナブルになったのもある。
レインウェアは当然のこと、冬期登山用のマウンテンダウンもある。
ライト層向けのトラベルダウンは普段使いや旅行に向いているだろう。
薄手のフリースウェアは使い勝手がいい。
防風性能が高いパーカーの類はウィンドシェルと呼ばれている。
こちらを手に取っている人は家族連れだ。
小学生低学年くらいの子供もいる。
どう見ても登山をする感じじゃない。
恐らく子供の冬着として選んでいるんじゃないかな。
アウトドア製品なら一般的なアパレルブランドよりも防風性能や耐久性は高い。
東日本大震災などの大規模災害の度にそうした情報が広まってきた。
そういう意味では登山ショップは普通の人にも親しみやすい場になったと言えるかも。
昔の登山用品店はもっとガチャガチャした作りだったらしい。
客もいわゆる山屋と呼ばれるガチの登山家ばかり。
今はもっと登山ショップの間口は広い。
おっと、それはそれとして買い物だ。
まずは登山靴から見る。
登山靴は大まかに分けてローカット、ミドルカット、ハイカットの3つに分かれる。
ハイカットは更に夏山用か冬山対応用かに分かれるが、冬山対応用は今日は買わない。
どうするか。
カットが高いほど足首の部分が高くなる。
ローよりハイカットの方が足首の保護は大きく、ねんざのリスクは減る。
ただしその分だけ足首の稼働は妨げられる。
低山ハイクの場合、ハイカットモデルは敬遠されるのはそういう理由からだ。
つまりはケースバイケース。
ローカットで軽快に登る方が良い局面もある。
逆に斜度がきつく石が多い斜面であれば、ハイカットで足首を守った方が良い。
幾つか試しに手に持ってみる。
さすがにローカットだと頼りない。
ミドルかハイの二択で迷った結果、ミドルカットにした。
ミドルカットのいいところは汎用性が高い点だ。
低山ハイクからある程度の高山まで大体これ一足で行ける。
2500メートル以上を想定するならきついが、その時はまた新たに買えばいい。
僕の選んだミドルカットは軽量性重視タイプ。
ゴアテックスが使われており防水性も高い。
濃いグレーの配色も気に入った。
次にザックを選ぶ。
これも種類が多い。
人によっては登山靴よりザックに重点を置くかもしれない。
ザックも大まかに種類別に展示されている。
容積によって用途が異なってくる。
日帰りなら20リットルもあれば足りるし25あれば余裕がある。
一泊二日なら35〜40あれば十分だろう。
30でも行ける気はするな。
しかし数年前と比べるとザックも種類が増えたな。
やっぱりアウトドア人気のためか。
コロナが流行った時にソロキャンプが脚光浴びたこともあったし。
ショップを見ても登山グッズの隣にキャンプ用品が展示されていたりする。
確かにこの2つは被る部分が多い。
いや、今はザック選びに集中だ。
近くにいた店員にも意見を聞いてみた。
「経験者の方なら一泊二日想定で35リットルで一つ買えばどうですか」とのこと。
なるほど、悪くないかも。
冬山用の大型ザックは登山靴同様、また別の機会に買うことになるし。
「じゃあそうします。この35リットルのザックを」
色は赤にした。
ナイロン製であり見た目よりも軽い。
腰のベルトでまず下からがっちり安定させるのはどの登山ザックにも共通の仕様だ。
そのまま流れでレインウェアも選ぶ。
レインウェアもゴアテックス素材が使われている。
防水性と透湿性が両立しているのが特徴だ。
透湿性が低いと要は蒸し蒸ししやすい。
登山をしていると発汗する。
まして雨が降ると湿度は高まる。
そのこもった湿気を外に逃がしてくれるというわけだ。
100均のビニールのレインコートだと防水性が低いのは当然として、この防湿性が絶望的に低い。
あれはとりあえず濡れないという部分を最低限カバーしてくれるものと僕は思っている。
"今日はここまでにして"
お会計しようかと思ったがふと気が変わった。
山での調理用品が目に入ったから。
山頂で簡単にクッキングすれば山ごはんが楽しめる。
温かい料理は体にも心にもいいし、モチベーションも高まるものだ。
そういえば小泉も山ごはんが得意だった。
器用にバーナーを点火して、ラーメンやパスタを作っていた記憶がある。
割と上手だったな。
よし、おまけに買っていこう。
シングルバーナーとメスティンと呼ばれるアルミ製の飯盒を選んだ。
かさばらない範囲だからこれなら問題ないだろう。
お会計はトータルで7万円超。
初期投資と割り切っておくことにする。
「使った分だけ楽しめばいいのさ」
自分に言い聞かせて購入したグッズを持って帰った。
かなりかさばるけれど同時にワクワクもする。
この手の中の重みは再開した趣味への期待感なのかもしれない。