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その名はアイリス


 始まりは数百年前。精霊が人を襲ってきたことから戦いは始まった。

 精霊と人が対立するようになってから随分と長い時間が過ぎ、今や精霊と人が共生していた時代など人間には現実味のないものと化してしまった。


 戦争が始まった当初は人が圧倒的に劣勢で、このままでは本当に滅亡の危機に扮してしまうのではないかと思われる程に危ない状況だった。しかし精霊の中でも上位種であったアイリスの核を奪ったことで状況が好転し、次いで人にとって最大の脅威とも言えたカメリアを激闘の末に撃破、とある村の研究者によってその力を抽出され、武器として使われるようになったという。


 そうして精霊の勢いを削ぐことができた人は精霊と隔絶した確固たる安寧の地を手に入れ、今でも精霊に対抗するために力をつけ、繁栄し続けている。


 これが精霊を嫌う、今を生きる人間の歴史だ。


(ふん、何度見てもくだらないな)


 パラパラとめくっていたごく普通の歴史書を一笑し、棚に戻して書店を出た。


 扉を開けると落ち着いた静かな空間から一転して、ガヤガヤと人で賑わう往来が広がっている。

 人の多さに嫌気がさす、とため息をつき顔を隠すようにフードを深く被り直した。




 ここは人が多く集まる交易の中心地『ミルシュ』だ。

 二大大国と呼ばれる国同士の丁度真ん中に位置しているため、国を行き交う商人達の休憩所として人が集まるようになり、そこから商業地としてどんどん栄えていった街。


 そのため人と共に多くの物が集まり、日用品から滅多にお目にかかれない珍しい品まで様々な物が売られている。ミルシュで手に入らないものは無いと豪語されるほどで、珍しいもの欲しさに遠い所から来る人も少なくは無い。


 ミルシュから人の喧騒が途絶えることは無く、今日もたくさんの人が行き交い、出店からは売り子の声が響いている。


「らっしゃい! 今日はにんじんが安いよ! そこの別嬪さん! 買ってかないかい?」

「あら、口が上手いこと! そうねぇ、五本買うから一本分負けて頂戴よ!」

「さぁさ! この布なんかどうだい? 西から取り寄せた最高級のシルクだよ!」

「東方の珍しい菓子はいかがー? 珍しい辛味と深い甘味が癖になる、とっておきだよー!」

「どぉだいこの切れ味! これだとギコギコ歯を通さにゃいけん食パンだってほら、すーっと!」


 そんな声を聞きながら、寄り道してしまった本屋を離れ目的地へと向かうことにする。

 買いたいものを無く、人にあまり話しかれられたくないため極力出店に近づかないようにして通りを歩く。


 だが歩き始めてすぐの頃、グゥと一つ、腹の音が鳴った。仕方がない、動くとやはり腹は減る。

 丁度肉の焼ける美味しそうな匂いが漂ってきて、フラフラと無意識の内にそちらに吸い寄せられてしまう。


(ああ、人の欲とはなんと罪深いことか……)


 店主の「毎度あり!」との恒例の言葉を背に、自分の自制心の無さに呆れながら塩の効いた肉串にかぶりつく。


「! んっま、これ……」


 やはり食とは良いものだと打ち震えながら肉を頬張っていると、傍目(はため)に人の隙間から装飾屋の商品の陳列が映った。


 なんてことは無い普通の店だったが、そこに並ぶ商品の一つを見て、足を止める。


「なんだ兄ちゃん、彼女へのプレゼントかい?」


 フードを深く被り、おまけに片手に肉串を持った男という異様な出で立ちに店主はすぐさま声をかけてきた。


「これ、どこで作られたものなんだ?」


 そう言って、並べられていた花飾りの一つを指さす。


「おっ、兄ちゃんそれに目をつけんのかい! そいつはサリフスで加工された物だ。あー、何の花だっけなぁ、確か――」

「アイリスだな」


 そう端的に答え、それを手に取った。

 柔らかい紫色の花弁がキラキラと輝く、綺麗な花飾りだった。


「ああ、それだそれ。よく分かったな兄ちゃん」

「これでも一応、研究職に就いているからな」

「へぇ、研究者! そりゃまた凄いな」


 店主の言葉は流し、花飾りを手に持ったまま、「ふむ」と一つ思考してみる。


「装飾に使われる花にしては珍しいな。(もっぱ)ら見るのはスノードロップとかローズだが……」

「ん? 兄ちゃん、ここらに来たのは初めてか?」


 首肯すると、「やっぱりな」と合点がいった風に店主が頷いた。そして、きょろりと辺りを見回す。


「そりゃ装飾に使われんのはそういうのが多いけどよ、ここには狩人がわんさかいるんだ。自分の武器に使ってる花やら狩った精霊の花なんかを模した装飾を武器に着けたり装飾品に使ったりしてんだよ。こういうのはそういう奴ら向けの物だな」


 ほら、と顎で指された方を見てみると、近くの武器商のような店の前で狩人と思われる男が数人、大きな声で談笑しているのが見えた。


「ーーって来たのを、俺がここでズバッと! あの精霊をぶった切ってやったのさ!」

「わはははは! そりゃすげぇ、しばらくジャスミンは動かねぇだろうな。まじで今日はお手柄だったなお前!」

「なぁ、戦利品あんだろ? 見せろ見せろ!」

「チッ、しゃーねぇなぁ。特別だぞ? ほらよ、ジャスミンの核から作った銃弾だ! オマケに花を使った花飾りもあるぞ!」

「おおおおおお!」


 声高らかに自分の戦績を吹聴するその男の手には、なるほど小さな弾丸と白い花の飾りが収められていた。狩人――精霊を狩り人を守ることを生業とする彼らにとって、花の装飾品とはそういう意味を持つのかと納得する。


「まあ確かにアイリスは珍しい。持ってるのは大体軍人上がりの奴らかねぇ」

「へぇ、そうなのか。勉強になった、ありがとう」


 感謝を告げると、店主はにかりと快活な笑みを返した。


「なに、いいってことよ! で兄ちゃん、これからどこ行くんだい?」

狩人協会(ハンターギルド)に。ちょっと依頼があってな」

「おお、そりゃ良い! ここいらじゃ一番でかい協会だからな、すぐ依頼も達成されるだろうよ」


 そう、ここミルシュに来た本来の目的は『狩人協会(ハンターギルド)』だ。詳しく言えば、狩人協会に行き、護衛依頼を頼むことだった。

 ミルシュが栄えている要因として、立地の良さ以外にもこの狩人協会が大きく関係している。

 ミルシュには、協会最大を誇る支部があるのだ。この支部には多くの狩人が常に在籍しており、近くに大きな森があるミルシュで、守りの面で人々に安心感を与え、かつ護衛等の依頼もすぐさま適任が出てくるため評判が高く、狩人協会目的でミルシュを訪れる人も多くいる。


 かく言う自分もその一人で、貯金を切り崩しながらこのミルシュにやってきた。


「協会の場所は分かるか?」

「ああ、あそこに協会までの看板があるのが見えるから大丈夫だ」

「看板って……兄ちゃん、あんなちいせぇ文字よく見えるな?」

「まあ、()()()()んだ」


 親切な店主は、「じゃ、大丈夫だな」と笑った。


「じゃ、歓迎の意味を込めてそいつはサービスしてやるよ! 持ってけ泥棒!」


 何を思ったのか店主が気前よくそう言って、アイリスの花飾りを手で追い払うような仕草をする。

 

「え、いや別に」

「なんだい、遠慮すんなって! 今後ともご贔屓にしてくれりゃいいってもんよ! ほら毎度あり!」

「はぁ……」


 なんだか押し通されてしまったような気もするが、おそらく好意でくれたこの手に持った花飾りを返す訳にもいかず、そのまま一つ会釈をして店を去ることにした。


(別に、欲しくて見ていた訳じゃ無いんだが……)


 飾りとして付けるのには気が引けたため、なんとなく陽の光にかざしてみる。

 透明度の高い石で作られた紫の花弁が光を乱反射して一層キラキラと輝き、綺麗な物としての価値を高める。


 だがその光は、自分にとって嫌なものを彷彿とさせるものに過ぎず、苦い感情を抱きながら花飾りをポケットにしまった。


(はぁ……行くか)





 気を取り直して狩人協会に向かおうと再び人の流れに混ざり、歩き始めようとした時、足元がぐらりと揺れた。


(っ、なんだ……?)


 驚いて足を止め、辺りを見回すと巨人の腹の虫が鳴っているかのような低い地鳴りが響き渡る。先程までの陽気な雰囲気は既になりを潜め、通りを歩く人々には緊張が走っていた。


――ドオオオン!!


 突然大きな音と激しい揺れが起こり、すぐにキャアアア! と悲鳴が聞こえた。群衆の間に、ざわりと不安の波が広がる。

 困惑する人々の波を掻い潜り、何人かの狩人らしき人が走り抜けてくるのが見えた。

 その姿を見たのか、近くにいた狩人が声を張り上げた。


「なんだ、何があった!」

「すぐそこに精霊が現れたんだ! 無差別に人を攻撃してる! もう何人か負傷者がいるぞ!」


(精霊が!?)


 突然の事態に驚き、思考が止まりそうになる。


 大声で交わされた狩人の報告に、近くにいた人達は恐怖に陥り、一刻も早く逃げ出そうと縦横無尽に動き出した。


 とりあえず自分も避難しようとした時、通りの角から緑色の紐状のものが蠢き、こちらに迫ってくるのが見えた。


(あれは、蔓? もうすぐそこに迫ってきてるのか!)


 あんな太い蔓に締めあげられでもしたらと考えるとゾッとする。確実に命は無いだろう。何が起きているのかはさっぱり分からないが、兎に角自分の身の安全のために蔓と逆方向に向かって避難しようと踵を返した。


「っあ! うっ、うわああああん!」


 その時、突然幼い泣き声が聞こえた。

 そちらに意識を向けると、すぐ側で人に揉まれた子供が転倒していた。ただ周りの大人は見知らぬ子供にまで気が回らないのか、無視するか怒鳴り声を上げるかして通り過ぎていく。

 おいおいと心の中で周囲の人間に呆れながら、子供に駆け寄る。「こっちだ」と声をかけ、一先ず手を引いて道から逸れた狭い路地に入り人とぶつからないようにした。


「おい、大丈夫か?」

「ひっく、ゔぅっ……おがあさぁんっ……」

「お母さんはどこだ? はぐれたのか?」

「うっ、ひっ……わかっ、なっ……うぅ」


 この混乱で母親とはぐれたのだろう、大通りを軽く見ても子供を探す母親らしき姿は無い。しかも路地に入る際に気づいたのだが転んだ時に足を怪我したらしく、左足首が腫れ上がっていた。


(とりあえず、安全なとこに連れてくべきだな)

「足痛いだろうが、歩けるか?」


 少年は路地にへたり込むように座ったまま、ふるふると首を振った。先程気力で歩いたのが限界だったようで、足はもう動かせそうにないらしい。


(どうするかな……)


 生憎研究職の自分は力仕事には向いていない。攻撃的な精霊に気を配りながら自分の胸下ほどの身長はある少年を抱えて安全なところまで走るなどできそうもなかった。


 ちらりと精霊のいる方を確認すると、狩人達が精霊の蔓と必死に格闘しているのが見えた。流石はミルシュ、人数的にも余裕が有りそうなので少しほっとする。


(ん? 白い……花?)


 様子を伺っていると、精霊の蔓に白い斑模様ができているのに気がつき、じっと目を凝らしてみる。すると精霊の蔓に小さな白い花が無数に咲いているのが見えた。


(白い、五枚の花弁の花? パッと思いつくのはジャスミンだが……いや、ジャスミンはもう狩られたんだったか)


 脳裏に、ついさっき見た狩人がジャスミン討伐の自慢をしていた光景が浮かび上がる。ジャスミンが狩られているとしたら、あの蔓に咲く白い花は――


(……まさか!! スタージャスミンか!?)


 『スタージャスミン』。ジャスミンによく似ているその精霊は、ジャスミンと似た花、香りを持つ精霊だ。実際種としても近い関係にあるのだが、一つ大きな違いがある。

 スタージャスミンは、麻痺や嘔吐を誘発する毒を持っているのだ。


(……この状況、大丈夫なのか?)


 もし、狩人が毒に気がついていなかったら。ジャスミンと勘違いしていたら。

 現在維持している数の余裕も、すぐに消え去ってしまうだろう。


(いや、流石に考え過ぎか)


 狩人協会が討伐した精霊を把握しておらず、まして情報共有していないなどということは無いだろう。

 毒性にはしっかりと対処しているはずだ。ただ嫌な予感がするだけだ。予感は予感でしかないと自分に言い聞かせる。


(そうとわかれば、すぐに逃げないと)


 現状、人間が優勢であっても油断は禁物だ。多くの町民は既に逃げ、大通りには老人や店の商品を抱えた商人といった逃げ遅れた数人しかおらず、助けてくれそうな大人はいない。


(でもどうにかして今のうちに逃げないと、本当に逃げ遅れてしまう)


 こうしている内に精霊は迫ってきている。急かすかのように精霊のいる方向から甲高い悲鳴が上がり、銃声が鳴り響き、狩人達が声を荒立てながら懸命に戦っている。



 選択肢は無い。火事場の馬鹿力を発揮するしかないようだ。そう覚悟を決め、少年の前に膝をつく。


「じゃあ背負うから、肩に手置いてくれ」


 グズグズ鼻を鳴らしながら少年がしっかりと首に手を回すのを確認し、少年を背負って立ち上がる。ズシッとくる重さに、走るのはやっぱり難しいなとすぐに覚悟は折れた。

 ふうと一つ息を吐いて、逃げるタイミングを掴むために路地から顔を出し狩人達の様子を伺う。そうすると、素人目から見ても場の空気がどこかおかしいことが見て取れた。


(なんだ? 様子がおかしい……あれは、精霊に誰か捕まってるのか?)


 女性が一人、蔓にぐるぐる巻きにされてスタージャスミンに囚われている。先程悲鳴をあげた女性だろうか。


「おっ、お母さん!!」


 一緒に様子を見ていた少年が突然、耳元で叫んだ。鼓膜がビリビリと震えたが、それ以上に少年が叫んだ言葉の方が重要だった。


「まさか、あそこに捕まっている女性がお母さんなのか?」

「そう、そうだよ、どうしよう、お母さん、お母さんあのままじゃ死んじゃうよ! お母さぁん!」


 半泣きの少年が焦り混じりに肩をゆさぶってくる。揺れる視界の中で、少年の母親の状態を遠目から観察する。


(まずいな、あれ。今すぐに処置しないと死ぬんじゃないか?)


 パッと見でわかるほど顔色が悪すぎる、泡を吹き、蔓が巻きついた体もだらりと脱力しており、十中八九毒が深くまで侵食しているだろう。


(それに狩人も結構やられてるっぽいな。毒の対処が遅れたのか?)


 狩人達が何人か前線から下がり、応急処置を施されている。その大半が倒れ込み嘔吐しているのも見えた。おそらく、傷口に入ったか触れでもした花弁の毒が回っている。

 


「っ、まずい! 避けろ!」


 一際大きな狩人の焦った声が聞こえた。次の瞬間狩人が抑えていた蔓の一部が狩人の肉壁を突破したのが見えた。


 蔓は水を得た魚のようにグングンと動き、凄まじいスピードでこちらに向かってくる。


(まずい!)


 そう思った時には、蔓は既に眼前に迫っていた。



いきなりピンチですね

頑張っていきまっしょい

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