暑がりな国のひんやりデザート
電気が無い頃の昔話。
海の無い内陸の国が舞台。
山に囲まれた国は夏はとても暑くなる。
王様が国民におふれを出す。
『おいしい冷たいデザートを作った者にほうびをだす』
その国の人たちはどんなデザートを作るのでしょうか。
霜月透子様のひだまり童話館『ふにゃふにゃな話』参加作品です。
別の小説『胡桃ちゃんの人形劇』等の登場人物がでますが、旧作を知らなくてもお楽しみいただけます。
むかしむかし……
アツガリーナという国で、王様がおふれをだしました。
"つめたいデザートをつくってほしい。いちばんおいしいのをつくった人に、ほうびをだす"
その国は冬でもあたたかいです。でも、夏はとっても暑いのです。
山に囲まれた国で、近くに海もありません。
毎年夏になると、王様もつめたいものが食べたくなるのです。
アツガリーナの人たちは、それぞれくふうして、おいしいデザートを作りました。
おしろには、いろいろなデザートがあつまりました。
ある人は、しんせんなくだものを水でひやして持ってきました。
またある人は、木の実にミントのにおいをつけたものを作りました。
別の人は、チーズケーキを焼き上げて、それを王様にさし出しました。
だけど、王様はそれでも満足しませんでした。
「新しい食べものがいい。今までに食べたことのないものが欲しいのだ」と王様はけらいに言いました。
ある日の朝、小さな女の子がお城にツボをかかえてやってきました。
そのツボはふしぎなことに、冷たさが伝わるほどひんやりしていました。
国王は、なんだか楽しみな顔でツボのフタを開けました。
中には美しいゼリーが入ってたのです。
あまいフルーツの、いいにおいがします。
スプーンをつかって、ゼリーをすくいあげました。
ゼリーがスプーンの上でぷるるんとふるえました。
王様は一口、ゼリーを食べました。
そのとたん、王様の目がかがやき、にっこりとしました。
ゼリーはひんやりとしていて、とてもあまくておいしかったのです。
口の中でゼリーはふにゃふにゃととけて、さわやかなあじが広がります。
これまで食べたことのない、すてきなデザートでした。
王様はとてもよろこんで、女の子にごほうびを授けました。
女の子はえがおで王様に礼を言って、そのごほうびをうけとりました。
こうして、小さな女の子の冷たくておいしいゼリーはアツガリーナの国で評判となりました。
女の子はゼリーの作り方をみんなに教えたので、作る人が増えました。
そしてアツガリーナの人たちはさらに工夫して、見た目にもきれいなカラフルなデザートのアイデアを作っていきました。
みんなでお互いに競い合って、国の中で美味しい冷たいデザートを作り続けるのでした。
アツガリーナ風のゼリーは他の国にも伝わり、少女の名前をつけたゼリーが世界中に広がっていったのです。
* * *
「へぇ……。フルーツゼリー、おいしそうだね」
従妹の胡桃ちゃんが言った。
「偉文くん。海がない暑い国なんだよね。寒天もゼラチンもないと思うんだよ。よく作れたね」
そういったのは胡桃ちゃんの妹の暦ちゃんだ。
安アパートで独り暮らしをしている僕の部屋に、小学生の従姉妹が二人で遊びに来ている。
彼女たちは僕が書いた絵本の案を見ている。
「暦ちゃんは知っているみたいだけど、寒天もゼラチンも寒いところでできるんだ。だからこの国の人は食べたことがなかったんだ。寒天の材料は天草っていう海草だ。これを煮て成分を取り出し、冷やして固めるんだ」
「ねぇねぇ、お店で売ってる寒天の材料って、スポンジみたいにフカフカだよね。粉のもあるけど」
胡桃ちゃんが首をかしげた。
「あれは固まった寒天をこおらせて干して、水分をぬいたものだよ。これも暑い国で作るのは難しいね」
「なら、ふつうのゼリーの材料はゼラチンっていうんだっけ。どうやって作るの。これも海草?」
「ゼラチンは、牛やブタの骨とか皮をゆでて、コラーゲンというものを取り出したものだよ」
そこで暦ちゃんが「ちょっと待って」って言った。
「偉文くん。ゼリーを固めるには冷蔵庫がいると思うんだよ。どうやって冷やしたの?」
「ははは……。さすが暦ちゃん。それに気づいたか。じゃあ、実際に冷やす方法を試してみようか」
ぼくは部屋のすみに置いておいた洗面器を持ってきた。
水を2センチくらいの深さまで入れており、ジュースのペットボトルに布を巻いたものを置いている。
ペットボトルの下の部分だけ水につかっている。
「胡桃ちゃん、暦ちゃん。このペットボトルは冷蔵庫には入れずに、この部屋においていたものだ。中はどうなっているかな」
ぼくはコップを二つ持ってきて、ペットボトルの中身を入れた。
従姉妹二人の前にコップをおいて、飲むようにすすめた。
「わ……。つめたい。本当に冷えてるね」
「あたし、わかったんだよ。気化熱で冷やしたんだよ」
「暦ちゃん、正解。ペットボトルに巻いた布が水を吸って、それが蒸発するときに中が冷えるんだ。あのお話の女の子は、お城にもっていくときに、水でぬらした布をツボにまいて、日に当たらないようにしてたんだ」
ジュースを飲み終えた暦ちゃんがぼくの方を向いた。
「冷やせば固まるとして、お話の女の子は作り方をどこで知ったんだろう?」
「女の子の親戚がいろいろな国を旅してて、寒い国にも行ったことがあるという設定だ。ゼリーも寒天も知ってたんだ。材料の問題で今回はゼリーになったってこと」
僕が言うと、暦ちゃんは「そう言えば……」と何かを思い出したように言った。
「同じクラスのタケルくんって子が、夏休みの工作で布のペットボトルカバーを作ったんだよ。『いつも冷たいカバー』って題名がついてて、くわしい説明が書かれてなかったんだよ。たぶん濡らして使うつもりなんだよ」
胡桃ちゃんと暦ちゃんは放課後クラブで人形劇をよくやっている。
たしかタケルくんも一緒にやってて、紙人形を作るのがうまい子だったかな。
「ねぇねぇ、偉文くん。まえにテレビでどこかの国の様子がでてたんだけど、家の外に水がめをつるしてたの。そうすれば水が冷たくなるって言ってた」
「ああ、そういうところもあるよ。胡桃ちゃん。素焼き……つまり、塗料をつけずに焼いた陶器の入れ物に水をいれて、日陰の風通りのいいところにおいて置くんだ」
ぼくが話すと、暦ちゃんがうんうんとうなずいた。
「あたし知ってるんだよ。染み出た水が蒸発して、気化熱で冷たくなるんだよ」
「そういうこと。さすがに冷蔵庫ほどは冷えないけど、つめたく感じるはずだよ」
ぼくはそう言って立ち上がった。
この子たちにおやつをあげる約束をしていたんだ。
冷蔵庫からガラスの小鉢をだし、スプーンといっしょに従姉妹たちに渡す。
器にはシロップに浸かったゼリーが入っている。
サイコロのかたちのカラフルなゼリーだ。
「わぁ、おいしそう。いただきまーす」
「ありがたく、いただくんだよ」
「ふたりとも、ちょっと待って。その中にふつうのゼリーの他に寒天とかも入っているんだ。どの色が何かわかるかな?」
ぼくが言うと、ふたりはゆっくりと食べ始めた。
「ねぇねぇ、むらさき色のいちばん歯ごたえがあるのが寒天かな……」
「お姉ちゃん。むらさきのは固すぎるんだよ。たぶん、こんにゃくゼリーなんだよ。赤くて、かんだらくずれるのが寒天なんだよ」
「さすがだね暦ちゃん、正解」
こんにゃくゼリーは説明しなかったけど、すぐバレたな。
市販のものをサイコロ型にきったものだ。
「ねぇねぇ。この白いのってゼリーじゃなくてナタデココだよね」
「そうだよ。胡桃ちゃん正解」
ナタ・デ・ココも市販のを入れている。
「あれ? ねぇねぇ、偉文くん。みどりのやつとオレンジのやつ、固さがちがうよね」
「みどりのは口の中で、ふにゃふにゃっととけるんだよ。たぶんこっちがゼリー……」
「じゃあ、オレンジのは何だろう? なんか色はついてるのに透き通っている」
ぼくは材料のふくろを取り出して二人にみせた。
『ゼリーのもと (アガー)』ってかかれている。
「「アガー?」」
これはふたりとも知らないみたいだ。
「アガーは、海草やマメの仲間から取り出したものが材料だ。ゼラチンや寒天よりも、透明感のあるゼリーが作れるんだ」
「そんなのがあったんだ。ねぇねぇ、偉文くん。こんにゃくゼリーとかナタデココって何でできてるの?」
「こんにゃくは、こんにゃくイモっていうおイモの仲間でできている。ナタ・デ・ココはココナッツの汁を発酵させて固めたものだ。ゼラチン以外のは口の中でとけないから、よく噛んで食べようね。ノドにつっかえると危ないから」
そのとき、ゼリーを食べてた暦ちゃんがこっちを見て、にこっと笑う。
この顔は、何かまた変なことを考えているのかな。
「ゼリーとかけまして、おこっている人とときます」
またいきなりなぞかけ?
「そのこころは?」
「どちらもぷりぷりしてるんだよ」
暦ちゃん、ゼリーを『ぷりぷり』っていうのは強引な気がするよ……