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第2話 小説を書くにはまずは取材が大事とはいうけれど

「美咲さん、あなたがどんな恋愛を経験してきたか、教えていただいてもよろしいでしょうか?」

私――花園美咲が、大人気恋愛小説家、袖野白雪先生の担当編集になってから三日ほど経った頃の質問である。

和服を着た妖艶な美女――袖野先生は、スマホとタッチペンを持ちながら私の回答を待っている。

なんでも、このスマホにタッチペンで描くことでメモ帳にしているのだとか。

先生は、その服装や住んでいる日本家屋のイメージとは違いハイテクで、原稿もパソコンで執筆しているらしい。

名前と見た目のイメージから原稿用紙に向かい合って達筆な字で繊細な表現描写をすると思い込んでいた私にはショッキングというほどではないにしても、意外な事実である。

しかし、「意外ですね」と言うと、彼女は「原稿用紙だと、あとから文章の途中に新しい文を入れたくなったり、消しゴムで消したりが億劫でして……パソコンで書けば直接出版社へ赴かなくてもデータを送ることが出来ますからね」とのこと。

ああ……道理で出版社に入社しても袖野先生に会えないわけだ……。

そもそも袖野先生は引きこもりというか、出不精だったわけである。

それにしてはスタイルがいいというか、すらっとしてて綺麗なんだよなあ……。

閑話休題、話を戻そう。今、私は担当している作家さんに、今までの恋愛遍歴を訊かれている。

何故かと問えば「取材だから」と言う。

――袖野白雪は、恋愛が理解できない恋愛小説家である。

恋愛が理解できないまま、恋愛小説を書き続け、今やベストセラーを何作も生み出す大作家である。

そんな大先生に何故出版社に入社したばかりの私みたいな新米編集者がついているかと言えば、編集長いわく「いま手の空いている女性編集者は君しかいない」とのこと。

男性編集者と袖野先生を一緒にしたら、色々と危険なのである。

しかし、編集長の思惑は誤算であった。袖野白雪は女性同士の恋愛小説も視野に入れていたのである。

とりあえず説得して、私の恋愛経験を話すことで、男女モノの恋愛小説を書かせようとしているのだが――。

いかんせん、私もそんなに恋愛経験が豊富なわけではない。本当に参考になるんだろうか……?

「ええ、と……まず幼稚園の頃に、他の女子園児にモテモテの男子がいて、私もその男子が好きだったんですよね」

私が語り始めると、袖野先生は真剣な顔でスマホに何やら書き込んでいく。

ほ……本当に取材を受けている……という実感が湧く。

「何故その男の子はモテていたのでしょうか?」

「え、なんでって……うーん、かっこいいから……? 足も速かったし……」

「足が速い男の子はモテる、と……」

そんな真剣な表情でそんなことをメモに書き込むんですか。

「よくおままごととかに誘われてた気がするなあ、その子。いろんな女子から引っ張りだこっていうか、実際両腕を両方向から引っ張られたりしてましたし」

「男の子からすればいい迷惑ですね」

袖野先生がバッサリと切り捨てるので、思わず苦笑してしまう。

「美咲さんは、その争奪戦には参加しましたか?」

「いえ……見てるだけでした。女子の争いが怖くて……」

「それは、はい。わたくしにも容易に想像できます」

先生は真顔でうなずく。

「それで、結局どうなったのでしょうか?」

「女子の争いに巻き込まれた男子が女性恐怖症になって、結局誰とも付き合わなかったと記憶してます」

「それは……そうなるでしょうね……」

ふむ、と呟きながら、先生はスマホにタッチペンを走らせる。

「幼稚園時代で聞ける話はこのくらいでしょうか。では、次の恋愛経験をどうぞ」

「ま、まだ訊くんですか……」

「当然です。これだけでは情報が足りません」

「ええー……」

その後、袖野先生に更に取材を追及された。

小学校、中学校、高校、大学……。

私の半生における恋愛遍歴を、洗いざらいすべて言わされたのである。

「ふむ……他の作家さんの恋愛小説を参考にすることもありますが、やはり生の声に敵うものはありませんね」

「そうですか……?」

「ええ。小説を書くということは、その登場人物の人生の一部あるいは全部を書くこと。よりリアリティのある登場人物のほうが、感情移入できませんか?」

それはまあ、そう言われればそうかもしれないけど。

「ところで、美咲さんは現在お付き合いされている方は……?」

「いませんけど……えっ、そこまで訊きます?」

「過去よりも現在進行形の恋のほうがとれたてピチピチ新鮮でしょう?」

そんな、魚みたいに言われても。

「なんでしたら、わたくしとお付き合いしてみると、わたくしも恋愛経験が出来て一石二鳥なのですが」

「何が一石二鳥なんですか」

妖艶な笑みを浮かべ、闇色の目を細めて私を見る袖野先生は、怖いくらいに美しい。

「私っ、同性には恋愛感情ありませんのでっ!」

「あら残念」

――袖野先生も、自分がバイセクシャルなのかも把握してないのに、よく私のことなんか誘えるな。

いかにもおかしそうにクスクス笑う先生を、私は呆れた目で見るのであった。


そして一週間後。

「先生、原稿はいかがですか?」

「もうデータは出版社に送ってあります」

「一応担当編集なので、確認させていただいても?」

「どうぞ」

袖野先生はパソコンの画面を開き、ワープロソフトを起動して私に向けた。

私は打ち込まれた文章を読み進めていく――。

「……あの」

「はい」

「この主人公、ほぼ私の実体験ですよね?」

幼稚園の時に女子同士の男子を巡る争いを傍観者として見ていた主人公は、中学、高校、大学と私と同じ人生を歩んでいる。

違うところと言えば、最終的にイケメンと結ばれてハッピーエンドになるくらい。

「申しましたでしょう? 小説を書くということは、その登場人物の人生の一部を書くことなんですよ」

「だからって、私の人生の一部を勝手に作品にしないでください!」

「大丈夫です、細部は微妙に変えてありますから特定はされません」

「そういう問題じゃなーい!」

ホントこの人、倫理観とかどこかに置いてきたのか!?

これは明らかにプライバシーの侵害である。よいこの作家のみんなは真似をしてはいけない。判例も出ている。

「でも、編集部の方からOK出てますから、これもう出版の準備できてますよ?」

「ハァ!?」

編集長ーッ!

「……しかし、今回も恋愛は理解できませんでした」

袖野先生は残念そうな表情を浮かべる。

「美咲さんの恋愛の機微をなるべく描写したつもりでしたが、わたくしにはやはり恋愛がわかりません。『胸がときめく』とはどのような感情なのか……」

「……先生は、学生時代、恋愛とかしなかったんですか?」

高校で憧れの先輩がいたとか、何かしらありそうなものなのに。

「中高大と女子校でしたから」

「あっ……そうでしたか……」

その頃の袖野先生は、どうやら百合には目覚めなかったらしい。

……さて。

かくして袖野先生の執筆した新作小説は本屋の一番目立つコーナーに平積みにされ、私はその前を早足で通り過ぎる日々をしばらく過ごすことになるのであった。


〈続く〉

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