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第13話 お酒はほどほどに

「へえ、袖野先生と同居し始めたんだ」

いつもの居酒屋。

編集部の頼れる先輩、明神風春先輩とカウンター席で隣り合って飲んでいるところである。

私――花園美咲は、担当作家である袖野白雪先生と一緒に暮らすことになった。

袖野先生は私に恋愛感情を抱いている。そして、私もそんな袖野先生に嫌悪感を抱いていない。

果たしてそれは、好意なのか憧れから来ているのか、と問われると、未だに答えは出せていないのだが……。

「同性同士でハウスシェアすると色々と気楽だよね。僕も彼氏と同居してるんだ」

明神先輩はゲイである。今の彼氏さんと付き合って三年になるという。喧嘩もしたことがあると言っていたが、今の幸せそうな顔を見ると、やっぱり素敵なカップルなんだなと思う。

……うーん、正直なところ、私と袖野先生がカップルになるとか、想像できないなあ。

袖野白雪は、その「白雪」という名に恥じぬ雪のような美白の肌、烏の濡れ羽色の艶髪、そして和服がとても似合う、妖艶な美女である。平々凡々な庶民の私が釣り合うとはとても思えない。

そう明神先輩にこぼすと、

「袖野先生が君を選んでくれたことを、もっと誇ったほうがいい」と微笑みながら言われた。

「あんな美女が君に好意を持ってるんだぜ? 見た目や身分が釣り合わないとか、つまらないこと言うなよ。袖野先生はそんなものに惑わされず、自分の意志で君を選んだんだから」

たしかに、袖野先生の同窓会で同窓生たちに見下されたときも、先生は本気で怒ってくれた。それが、私には嬉しかったのだ。

「しかし、恋人をすっ飛ばしていきなり同居生活とは……先生、奥ゆかしいように見えて案外積極的だな」

『こういうのは、時間をかけてじっくりと堕とすものなんですよ』と先生にアドバイスしていた明神先輩は、怒ることなく愉快そうに笑っていた。

「今度は私が恋愛感情をわからなくなりそうですよ……」

「まあまあ。同居生活も始まったばかりだし、ここから恋が芽生えればいいのさ」

たとえ芽生えなくても、先生の身近にいられればまた行き倒れる心配もないだろうしね、とまた先輩は愉快そうに笑う。

そう、袖野先生は壊滅的なほど生活能力がない。小説の執筆に集中しすぎて空腹も感じないし風呂に入るのを忘れることもある。その生活介助をしやすくする、という意味合いでもこの同居生活を始めたのである。

「じゃあ、そろそろ早めに帰ったほうがいいんじゃないか? 先生もお腹空かせて待ってるだろうし」

「一応、冷蔵庫におかず入れてあるんですけどねえ……」

そもそも、先生が冷蔵庫を開けるかどうかすらわからないのだが。

明神先輩も「家で彼氏が待ってるから」と、今夜は早めに飲みを切り上げて、私達二人は帰路についた。

――もう袖野先生の家が、私の家でもあるんだ。

そう思うとスキップでもしたくなる気分だ。酔ってるのかもしれない。

私はふわふわとしたいい気分で家路につくのであった。


「ただいま帰りました」

カラカラと玄関を開けて家に入り、先生の執筆部屋を覗く。

袖野先生はムスッとした顔で私を睨みつける。

え、なに、私なんかした?

先生がこんな不満そうな顔をしているのは初めてなので、私は動揺した。

「……タバコ臭い。帰りも遅いし、心配していたんですよ、わたくし」

せ……先生がヤキモチ焼いてる……!

「ちょっと、美咲さん。なんで嬉しそうな顔してるんですか。わたくし、怒ってるんですよ」

「す……すみません……あまりに可愛くて……」

「はぁ? そんなお世辞で許すとでも思ってるんですか?」

「だって、事実なんですもん」

ぷくっと頬を膨らませる先生がまた可愛くて、ついついニヤけてしまう。

普段妖艶な雰囲気をまとわせた美女が、私の前ではこんなに可愛い顔をする。

うん、これは間違いないな。

「先生、私、先生のこと大好きです」

「…………は?」

袖野先生は突然の告白に、キョトンとした顔をしていた。

「先生、私と付き合ってくれますか?」

「……わたくし、既に付き合っているものと思っていました」

ふいっと顔をそむけた先生の耳は、真っ赤だった。

「えへへ、嬉しい~」

「……美咲さん、お酒臭いです。どこかで飲んできたでしょ」

「明神先輩と飲んできました」

私は真っ正直に答える。

「明神さん……以前家にいらした、あの方ですか。……まあ、あの方はゲイだとおっしゃってましたし、大丈夫だとは思いますが……」

「大丈夫ですよ~。明神先輩、彼氏さんいますし」

「はあ、そうですか」

先生はまったく興味がなさそうだった。

「先生、一人で家で待ってるのが寂しいなら、一緒に飲みに行きましょうよ~。明神先輩のお話聞くの楽しいですよ~」

「どうせわたくしの話はつまらないですよ」

「そんなこと言ってないでしょ~。先生のヤキモチは可愛いですけど」

「ヤキモチなんて焼いてません」

こちらに顔を向けないが、先生の耳は更に赤くなっていく一方である。

「もう、先生、好き、大好き」

「…………美咲さん、酔ってるでしょう」

「酔ってますよ? シラフでこんな恥ずかしいこと言えるわけないじゃないですか」

「酔ってる状態で言われても嬉しくありません」

先生はため息をつきながら、「ほら、水飲んでもう寝なさい」と私に水を飲ませ、私にあてがわれた部屋へ連れて行く。

「朝起きたらちゃんとシャワー浴びてくださいね」

そう言いながらベッドに私の身体を横たえて、布団をかけてくれた。

「おやすみのチューしてくれないんですか~?」

私の台詞に、ピシッと固まる。

「…………」

悩んでいるのか、視線を宙にさまよわせたあと、額にそっと口づけてくれた。

「口にしてくれないんですか~?」

「美咲さん。これ以上悪ノリすると、明日の朝、後悔しますよ」

先生はそこで切り上げようと判断したのか、部屋の電気を消して出ていってしまった。

そこで私の意識は途切れた。


翌朝、昨日の記憶が保持されていた私がベッドの中でのたうち回ったのは言うまでもない。


〈続く〉

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