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第12話 先生と同居生活、はじめます!

私――花園美咲は、新米編集者である。

このたび、諸事情あって担当している恋愛小説家――袖野白雪と同居することになった。

引っ越し屋を手配し、袖野先生の広大な家の一部屋を私の部屋とすることにして、家財一式を運び込んだ。前に住んでいたアパートは解約して引き払った。

アパートに住んでた頃の本棚や机、ベッドなどを入れても、1Kの安アパートにいた頃より広い部屋だ……。

ひとまずダンボールに入れて運び込んだ家財一式を取り出して整理し終えた頃には、もう日が暮れていた。

袖野先生が「わたくしもお手伝いしましょうか?」と申し出てくれたが、もともとそんなに荷物は多くないし、先生のお手を煩わせるのも申し訳ないので丁重にお断りして、自分一人で部屋としての体裁を整えた。

前のアパートでも使っていた机やベッドが並んでいるのを見ると、今日から先生と一緒に暮らすんだ、という実感が湧く。

夜になって先生が私の部屋に遊びに来て、二人で缶チューハイで乾杯した。本来高貴な生まれの袖野先生ならもっといいお酒を用意すべきなんだろうが、先生は意外と庶民派らしい。

「わたくし、美咲さんと一緒に暮らせるなんて嬉しいです」

缶チューハイで酔っているのか、先生はふにゃっとした笑顔を見せる。普段は妖艶な美貌がすごく可愛いことになっている。

「私も先生と一緒に住めるなんて思っていませんでした」

お互いにえへへと笑い合う。

「美咲さん、本当にわたくしの書いた本、全部お持ちになっていらっしゃるのですね」

先生は私の本棚を眺めながら言う。

そう、私はもともと袖野白雪先生の大ファンで、先生にひと目会いたい思いから出版社に入社したレベルである。……まさかそれが同居にまで発展するとは思ってなかったけど。

「引っ越し屋さんには苦労かけちゃいました。どうしても先生の本は売ったり処分したくなくて全部運ばせちゃいましたから」

紙の本というのは重いものである。しかも袖野先生は多産多作で有名だ。本の数は相当なものである。正直荷物のほとんどは先生の本だ。

それと、先生はほとんど露出が少なく写真も出回らないほどであるが、文字チャットやメールによる文章のみのインタビューが掲載された雑誌も少しあって、それも私は集めていた。

「先生って雑誌のインタビューを受けたり座談会には出席しないんですか? 顔が知られればもっと人気出ると思うんですけど」

袖野白雪は妖艶な雰囲気の美女である。学生時代にも『高嶺の花』と呼ばれ、抜け駆け禁止令が出されたほどらしい。

「あまり人前に顔を見せたくない、といいますか……恥ずかしいじゃないですか、雑誌が残っている限りずっと写真が残り続けるというのは」

そう言って顔を赤らめる袖野先生は可愛かった。

「若いうちに写真は残しておいたほうがいいですよ、先生。一番若いのは今なんですから」

私のほうが若いのに、知ったような口をきく。

「そういえば、夕ご飯もお風呂もまだでしたね。ささっと済ませちゃいましょうか」

引っ越しの整理ですっかり忘れていた。

「美咲さん、引っ越し作業ですっかり汗をかいたでしょう。お先にお風呂どうぞ。そのあと夕食でも構いませんから」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

引っ越しでホコリも身体についている状態で先生に食事など作れない。

私は軽くシャワーを浴びて、ボディソープでしっかり身体中の汗とホコリを落とした。

「お風呂、お先にいただきました。先生、酒気帯びなんですから湯船で寝て溺れないように気をつけてくださいね」

「そうですね。私もシャワーだけにしておきます」

先生がシャワーを浴びている間に、ちゃちゃっと夕食の準備をする。

袖野先生の家の冷蔵庫には出来合いのお惣菜や冷凍食品が詰まっている。私がここに同居する前、私がしばらくこっちに来れなくても食事がとれるように買い溜めしたものだ。

――これからは、毎日先生に美味しい食事を作ってあげられる。

そう思うと、口がにやけてしまうのが止まらなかった。


夕食を済ませて、私と先生は執筆に使っている和室にいた。

先生がカチカチとキーボードを叩いている間に、私は洗濯物をたたんでいる。

同性同士のハウスシェアは、洗濯物の中に下着が紛れ込んでいても動揺しなくて済むのがいい。

しかし先生の下着……こういうの履いてるのか……。

先生の下着姿を妄想しながら洗濯物をたたむ。……こんな変態じみた妄想、先生には絶対に言えない。

もう同居が決まったあたりから、私の先生への好意は決定的だった。多分私も先生が好きなんだ。

しかし、「好意と憧れを混同してはいないか?」と問われると、迷いが生じてしまうのもまた事実であった。

もっと自分の気持ちと向き合って、真剣に考えなければ――。

「美咲さん」

「ひゃい!」

急に名前を呼ばれて、私は変な声を上げる。

「あ、ごめんなさい、考え事でもしてました?」

「い……いえ……ちょっとボーッとしてて……」

言えない、先生の下着姿を妄想してたなんて言えない。

「先ほどまで飲んでいたお酒がまだ残っているんでしょうかね」と先生は私の考えていることなどつゆ知らず、見当違いなことを言っていた。

「え、えーっと、何か私に用でもありました?」

「あの……本当に今更なんですが、わたくし、美咲さんに家事を任せきりだなと思いまして……」

袖野先生は両手の人差し指を合わせてもじもじと落ち着かない様子だった。

「わたくしも何かお手伝いしたほうが……?」

「え、別に大丈夫ですよ。住み込みで働いているようなものですから」

「しかし、いくら担当編集さんだからといって、美咲さんを小間使いのようにこき使うのもどうかと思うんです」

先生は本当に申し訳無さそうに眉尻を下げて、上目遣いをする。

「わたくしに、何か出来ること、ないでしょうか」

「じゃあ、小説を書いてください。私が先生に望むことはそれだけです」

別に、先生に家事を分担してほしいとか、そんなことは私は望まない。

ただ、先生の細く美しい手から物語を紡いでほしい。小説を書き続けてほしい。

そのためなら私は料理からゴミ出しまで何でもする。

「……優しいですね、美咲さんは。小説家が小説を書くなんて、当たり前のことですのに」

先生は困ったような笑みを浮かべる。

「担当編集はそのお手伝いをするのが仕事なんですよ。だいたい先生、家事ができたらとっくにやってるでしょ」

なにせ空腹を感じないほど執筆に集中して、家の中で行き倒れるレベルで生活能力がない。

「お恥ずかしい話です……」

先生はわずかに顔を赤らめた。

「これからも、よろしくお願いしますね、美咲さん」

「はい! これからもっと身近でサポートしていきますので、二人三脚で頑張りましょう、先生!」

こうして、同居初日の夜は更けていくのであった。


〈続く〉

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