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ヴァージン・クイーン

作者: まさみ

ギラギラしたネオンが輝くストリップ小屋。

多面体にカッティングされたミラーボールの下、豪華絢爛なステージでストリッパーが踊っている。

整形してるのだろうか、ケバい美人だ。

スケベ心まるだしの客に秋波を送り、見事な曲線を描く腰を扇情的にくねらせ、シースルーのランジェリーを一枚一枚投げ捨ててく。

セクシーなダンスに客席は大盛況。

「はァ……だりー」

出口近くの壁に凭れ、気のない視線をステージに放る。

パフォーマンスは佳境に入り、銀のポールに絡み付いた女が大胆に回る。

「いいぞヴァージニア、最高だ!」

「お前こそエンターティナーだ!」

男たちが席を立ち、甲高い口笛が吹き荒れる。ステージに投げ込まれる札ビラ、大量のおひねり。

ポールに掴まる女と目が合った。

「……」

舌打ちし、すごすごとその場を去る。ていうか逃げ出す。

ストリップ小屋の裏手にゃ酒の空き瓶が箱に入って積まれてた。表通りのネオンのおこぼれが、アスファルトの地面を斑に染める。

「はー……」

深々と煙草を喫い、ようやっと息を吹き返す。

俺がやってんのは兄貴分の愛人の護衛、雑用に毛が生えた程度のチンケな仕事。新入りの試用運転にゃちょうどいい。

女の裸を長いこと見せ付けられてぶっちゃけウンザリだが、食い詰めたとこを拾ってもらったんだから、哥哥(グーグー)……兄貴分にゃ感謝しねーとバチが当たる。

唇に煙草を挟み、壁に背中を預けてずり落ちる。

あの人のこたよく知らねえ。悪趣味が服着て歩いてるチャイニーズマフィアの幹部、女好きで絶倫、以上終了。

外道働きでのし上がってきたって噂だが、別にどうでもいい。

裏口のドアの上、不規則に点滅するネオンに蛾がたかる。

くり返しネオン管に衝突する蛾をボンヤリ見上げてたら、ふいに影がさす。

「ここいい?」

ストリッパーがいた。毛皮のコートを羽織ってる。出番を終えて休憩に入ったらしい。

「…………どぞ。もう行くんで」

さっさと腰を上げる。

「ツレないわね、付き合ってよ」

面倒くせェのに絡まれた。

ストリッパーが蓮っ葉に煙草を咥える。細身のメンソール。長い睫毛が縁取る目がこっちに流れ、面白そうに丸くなる。

「男の人で珍しい」

俺が咥えてるのもメンソール。何の因果か銘柄までおそろいときた。

「……悪ィ?」

「全然。続けてちょうだい」

メンソールを好んで喫うなんて女々しい自覚はあった。嗜好を恥じて俯けば、ストリッパーが朗らかに笑いだす。ハスキーな声だった。

二人並んで、しばらく無言で煙草をすぱすぱやる。

居心地が悪ィ。

ここなら誰にも邪魔されず休めると思ったのに……。

「お守りなんていらないのに、哥哥グーグーも心配性ね」

スリムな煙草を指の間に預け、世間擦れしたストリッパーがぼやく。

無視しようか悩んだが、仮にも護衛の対象だ。立場的にゃ俺より上、間接的な雇い主ともいえる。シカトはちょっとよろしくない。

「飼い殺してたら示しが付かねーし」

「ショーはどうだった」

「あー……」

「詰まるとこ?」

「よかったっすよ。うん」

「よそ見してたくせに」

「観察力すごいっすね」

答えあぐねて灰を落とす。

ストリッパーがさも心外そうに唇を突き出す。

「間違ってたら悪いんだけど……ひょっとして、女が嫌い?」

「さあ」

すっとぼける。本当の事を話す義理もねえ。

「わかった。そっち系ね」

「どっち系だよ」

「男が好き?」

「願い下げだね」

哥哥グーグーの愛人?」

指の谷間の煙草が世を儚み投身自殺。

妄想の暴投に開いた口が塞がらねェ。

「俺に手ェ付けるほどアンタの男は趣味悪くねーよ」

試しに想像したら気分が悪くなった。

苛立たしげに否定すれば、ストリッパーがおどけて首を竦める。

「なんだ、3Pできるかもって期待したのに」

「は?」

「好みなのよね」

冷や汗をかく。

「アイコンタクト気付かなかった?」

「店ン中暗かったんで」

「ステージは明るいでしょ」

ぐいぐいくる。本気かよ?

ストリッパーはにんまり含み笑い、もろに引き気味の俺の素性を詮索しだす。

「名前は劉だっけ。髪と瞳は自前?」

「ドブみたいな色だろ」

「綺麗なダークブランじゃない。肌の色からするとハーフね、白人の血が入ってる?」

「父方に」


顔も知らねえ父親。

捨てられた母親。


思い出したくもねェ過去を蒸し返され、顔が苦渋に歪む。

美味くもねェ煙草を噛む横顔で失言に気付いたか、ストリッパーが素直に詫びる。

「……ごめん、家族の話は嫌よね。私だって言いたかないもん」

またやっちまった。なにかと卑下すんのは悪い癖だ、この性格のせいでサンドバックにされてんのに。

地面に落ちたがまだ喫える煙草を拾い、ちびちびやりながら仕切り直す。

「アンタ、ヴァージニアだっけ」

「源氏名だけどね」

「場末のストリッパーがヴァージンクイーン気取りとか笑える」

意趣返しを兼ね、軽薄に茶化す。

怒って退散してくれんなら願ってもねェ、ビンタ一発ですみゃ安いもんだ。

どっこい、女はどっかり居座ったまま極上の笑顔で開き直る。

「でしょ?イカしたセンスでしょ」

「イカれたセンスの間違いだろ」

脱力して突っこめば、ヴァージニアはツンと顎を上げ、堂々と宣言した。

「芸は売れども身体は売らないのがストリッパーの矜持よ」

変な女。


それからというもの、ヴァージニアに付き纏われた。

俺が裏口で休んでると決まってやってきて、隣ですぱすぱやり始める。移動しても付いてくる。

いたちごっこに音を上げて、裏口のドアを挟んで喫煙タイム。

「小屋で見初められたんだろ」

「あっちの一目惚れ」

「聞いた話と違ェけど。ストリッパーは体売らねーんじゃなかったの」

「勿論、こっちも好きになったからOKしたのよ。じゃなきゃいくら積まれたってお断り」

「方便だな。何年やってんの、この仕事」

「17の時から」

ヴァージニアは年齢不詳。せいぜい20代半ばだろうが、薄暗いネオンの下だと時々ひどく老けて見えた。

「アンタはどうなの、自分のこと全然話さないわね」

「話すようなことねェし」

「ツマンない子。私のパンティー欲しくない?哥哥グーグーには黙っといてあ・げ・る」

「即リリースだな」

殆どヴァージニアが話しかけ、俺がポツポツ答えるだけだが、退屈な仕事にちょっとした楽しみを見い出せた。

ステージで踊ってるヴァージニアは相変わらず苦手だ。ギラギラしてておっかねえ。

右鎖骨の上のほくろ、豊満な乳房に光る汗、引き締まった腹とくびれた腰……目のやり場に困った。吐き気さえこみ上げる。


『どうしてちゃんとできないの』

『ごめんなさい妈妈(マーマー)


鼓膜の奥に響く金切り声……幻聴だ。わかってる。

無性に煙草を喫いてェが、店内じゃ控える。仮にも用心棒、仕事中の喫煙はいただけねえ。

女が大の苦手な俺をストリッパーのお守に付けたのは、性悪な哥哥(グーグー)の嫌がらせだ。

目を背けたい。煙草が喫たい。音楽がうるさい。ネオンが乱反射して吐きそうだ。

ステージ上のヴァージニアがパンティーから交互に足を抜いていく……。

「ぅぐ」

レースで縁取られたパンティーが股間を包む、気持ち悪い感触をまざまざと追憶。

咄嗟に口を覆い、壁伝いに裏に回る。間に合った。外気を浴びると同時に、俺は吐いた。


「顔、どうしたの?」

「え?」

「擦り剝いてる」

ヴァージニアが頬骨の上あたりを指す。

「ああ……別に」

「哥哥?」

「の、舎弟」

小屋の営業が終わった後、裏口で煙草をキメる。ヴァージニアは大袈裟な顰め面。

「やり返しなさいよ」

「だりぃからやだ」

「負けるのが怖いの」

「仕返ししても居辛くなるだけ。今だってお情けでおいてもらってんだ」

「知ってる、路地裏で野垂れ死にしかけたとこ拾われたのよね」

「ピロウトークで聞いたの」

「行くあてないんでしょ」

家を追ん出てからはどん底まで落ちる一方だ。元々居場所もなかった。

頬に翳された手を無造作に払い、立てた片膝に顎をおく。

「俺のことよかテメェの心配しろよ。哥哥に媚売んなくていいのか、最近ご無沙汰なんじゃねェの」

精力絶倫の哥哥は常に不特定多数の愛人を囲っている。コイツはその他大勢の一人にすぎず、飽きたらポイが末路だ。

露骨な皮肉に不敵に笑み返すヴァージニア。したたかで図太い女の顔。

「勘違いしてない?哥哥は私のパトロン、夜伽は二の次。ヴァージン・クイーンの芸を買ってくれてんの」

「ストリッパーだって寿命があんじゃねェの、生涯現役ってわけにゃいかねーぞ。年喰って体の線が崩れたらお払い箱だ」

気分がくさくさしていた。

ステージで脚光を浴びるヴァージニアと対照的に、下っ端の自分が惨めだった。

頬がヒヤリと濡れる感触。

虚を衝かれて向き直れば、ヴァージニアの指が離れていった。

「消毒」

「……ニコチン入りの唾液で?かえって毒だろ」

「かもね」

「破傷風になったら治療費払え」

「肺癌で死ぬのが先でしょ」

「お互い様」

手の甲で頬を擦って言えば、ヴァージニアはハスキーな声で笑った。


用心棒を始めて一か月が経った頃。


「ねえ用心棒さん、もうすぐあの子の番だから呼んできてくれる?」

「なんで俺が?」

「哥哥に言い付けるわよ」

「チッ、わかったよ」

オーナーに命じられ楽屋を覗く。いない。ってことは裏口か。

ドアに近付くと喘ぎ声が聞こえてきた。

「あァっ、いいっ、そこォ」

嫌な予感がした。

裏口のドアを開けて見渡すと、スカートから尻を剥き出したヴァージニアが、バックで犯されていた。

「あ」

間抜けな一声を漏らして立ち尽くす。

俺が哥哥の舎弟だと知ってたのか、男は顔面蒼白で逃げていった。

「待てよ!」

ケツ丸出しでトンズラこく男を追おうとし、後ろから縋り付かれる。

「お願い、今見たことチクらないで!」

ヴァージニアだ。

焦燥に塗れた表情で、懸命に食い下がる。

「浮気してたのかよ、命知らずだな!」

「違うわ」

「じゃあ」

肘を掴む手をふりほどいた拍子に転倒、ヴァージニアのコートから紙幣が撒かれる。

「……あきれた女。マフィアの愛人の分際で売春か」

心底軽蔑した。

多少なりとも気を許してたのが馬鹿みてェだ。

「……許してとは言わない。わけがあるのよ」

「ぜひ聞きてェな。小遣いならたんまりもらってんだろ」

地面に舞い散る札びらを這い蹲ってかき集め、唇を噛むヴァージニア。

結局コイツもただの女だ。あの人と同じ。哥哥に報告しようと踵を返す。

「男なの、私」

「は?」

脳天から素っ頓狂な声を発して振り向く。

「トランスジェンダーなのよ」

「……はぁ?だって胸、ケツ」

「手術済み。外側は完璧に女。でも定期的にホルモン注射打たなきゃすぐに」

衝撃の告白に気が動転する。


男?

マジで?

嘘だろ。ハッタリかまして逃げきろうって魂胆か。


地面にへたりこんだまま札びらを鷲掴むヴァージニアの前に跪く。

「身体のメンテナンスは時間とお金がかかるのよ」

負け惜しみを呟くヴァージニア。

「哥哥は知ってんのかよ」

力なく首を振る。

「ここに来た時には手術が済んでたから……その時頼んだヤブ医者に借金あって。ヘボ施術のせいで後遺症に悩んでるってのに、ホント馬鹿みたい」

「言い逃れじゃねえ証拠は?」

冷たく突き放す。

ヴァージニアが長々と息を吐き、財布に入れた写真を滑らしてよこす。

「それ一枚きり」

色褪せた写真には、右鎖骨の上にほくろがある少年が写っていた。

ヴァージン・クイーンの正体は男。

絶句する俺をよそに、ヴァージニアは泥だらけの紙幣を握り潰す。

「仕方ないじゃない。哥哥は知らない。無心なんかできない」


本当の事を知ったら、きっと嫌われる。

愛想を尽かされる。


「ホントの事がバレたらステージに立てない」

「わかんねェだろ、パフォーマンスが一流なら」

「イロモノに落ちるのはまっぴら」

どれだけ言葉を飾ろうとコイツが踊ってるのが場末のストリップ小屋で、詰めかけるのがゲスな俗物である事実は動かない。

「私が一流のダンサーなら、アンタだって目を離せないはずでしょ」

「それは」

「女嫌い?苦手?関係ない。女に興味がなければ目を背けて次の瞬間忘れてしまえる、所詮その程度のパフォーマンスってことよ」


俺が四の五の言うまでもない、コイツ自身が一番自分の限界を知っていた。

だからこそ、哥哥に捨てられたら行き場がなくなる。


「……ストリッパーは体を売らねえとか嘘じゃん」

「一流ならね」

悔しげに吐き捨てる。

たれた髪の毛が表情を隠し、ネオン管に不整脈が生じる。

「哥哥にチクる……?」


媚び諂い、縋り付き。

コイツもあの人と変わらない。

惚れた男に捨てられて、緩やかに狂っていったあの人と。


ライターで穂先に点火、煙草を口に運ぶ。

喉元にこみ上げる苦味を紫煙で溶かし、呟く。

「言っても得がねェ。組織のカネ盗って逃げたとかなら別だけど」

馬鹿正直に報告したところで損するだけ。愛人が実は男だった、なんて知らされて喜ぶ奴がいるとは思えねェ。

さらには売春に気付かずほうっておいた、俺の落ち度が責められる。


この場は口を噤むのが正解。知らんぷりは処世術。

コイツは哥哥に捨てられたくない、俺は組織に切られたくない、保身と打算(ライアーライアー)のシーソーゲーム。


胸がむかむかしていた。

哥哥を裏切ってることに?

成り行きで共犯にさせられたことに?

わからねえ。両方かも。

ヴァージン・クイーンとして胸を張るおかしなストリッパーを、ほんの少しだけ好きになりかけてたのに、幻滅した。

俺が心を許せるこの世で初めての女になるかもしれないと勝手に期待し、まんまと裏切られた。そもそも女じゃねえ。なりそこない。もどきだ。

くそったれた俺の同類。

安堵も露わなヴァージニアを見下し、憎たらしい蔑笑を広げる。


「ビッチ・クイーンに改名したら?似合いじゃん」


ヴァージニアの目に憤怒が爆ぜ、風切る唸りを上げて手を振り抜く。

あの人そっくりの醜い顔。

飯の足しにもならねェ自尊心なんざさっさと手放しちまうのが暴力を受け流すコツ。

ぶたれんのは慣れている。体重が乗っかった野郎の拳に比べたら、女の平手打ちはまだ軽い。


体の芯まで根を張った諦念に取り巻かれ、無気力に目を閉じる。

咥え煙草のままジーンズに指をひっかけ、ぬるい夜風に受け身を曝す。

されど予期した衝撃は訪れず、不審に思って薄目を開けると、ヴァージニアが突っ伏して泣いていた。

ハスキーな声。

声帯もいじったのか。いじるカネがねえから低いのか。


「……ひょっとして、だけど。形から入ろうとして、メンソールなんか喫ってんの」

「悪い?」

まなじりを吊り上げ、喧嘩腰に切り返す。


メンソールは女が喫うもの。とんだ偏見。

この腐った世間じゃ、そんな偏見がまかり通ってやがる。


「ホントはもっとタールが強い方が好き。メンソールなんてまずいだけ、有り難がるヤツの気が知れない」

「同感」

頷く。

ヴァージニアが憎しみを込めて睨み付ける。

「アンタに何がわかるの」

陳腐な台詞。

意地悪く口角が上がる。

「男でいいって言われたのに女になりたがる奴の気持ちなんかわかんねェよ」


俺が女だったら。

あの人の望みどおりの性別だったら。


「……いい機会だから教えてやる。アンタの見立て通り女が苦手なんだよ。女性恐怖症ってヤツ」


突然の告白にヴァージニアが面食らい、瞬く。


「ストリップを見れねーのはアンタの踊りがド下手くそだからじゃねー、一流とか三流とかの問題でもねえ。その見苦しい胸と腹と腰が、アンタの体全部が男を咥え込もうとしてるのが嫌なんだよ」


作り物とかどうとか関係ねえ。

男を騙し裏切り、時に媚びてまで女であることに執着するヴァージニアの生き様は、俺が嫌悪する女そのものだった。


女嫌いの俺がヴァージニアとだけ例外的に話せたのは、コイツが元男だったから。


ヴァージニアが物問いたげに見てくるが、くだらねえ身の上話なんかしたくねえ。

俺はさっさとその場を去った。


それから、俺はヴァージニアを避けるようになった。

店内では付きっきり、仕事はちゃんと果たす。プライベートまでは干渉しねェ。アイツが誰と寝ようがいくら貰おうが関係ねえ。

「ねえ劉」

ヴァージニアは時々何か話したそうにしていたが、徹底的に無視をした。

煙草なら一人で喫える。

味は変わらねえ。ツレはいらねえ。


その夜もヴァージニアの独壇場だった。

出口近くの壁に凭れ、きらびやかな照明が彩るステージを見物。ヴァージニアはボンテージを着て踊っている。

ポールを掴んで回る肢体。窄めた爪先が高々と伸びる。光沢を帯びたペディキュアが綺麗だ。

けばけばしい照明とがなりたてる音楽、噎せ返るような人いきれに辟易し、一人で裏口に回る。

煙草を喫いたくなった。以前なら我慢した。今は……どうでもいい。五分程度消えた所で何が起きるはずもねえ。

裏口の扉を開けて一服、穂先から立ち上る紫煙を見送る。

ネオンの照り返しで淡く滲む夜空へ、手向けのように煙が吸い込まれていく。

「だりー……」

店内で銃声と怒号が炸裂。

反射的に身体が動く。

煙草を投げ捨てホールへ戻ると、ステージ上にヴァージニアが倒れていた。客席は騒然としている。

カクテルを運んでたボーイを捕まえて聞く。

「何があったんだよ!」

「わかりません、突然お客さんがキレたんです!」

乱射。血の気が引く。

銃を持った男が奇声を上げて暴れている。見覚えがある……前にヴァージニアを買った男。

様子がおかしい、ヤクでもやってんのか?

「裸で踊るっきゃ能がねェ売女の分際で手ェ切るなんざのたまいやがって、生意気なんだよ!」

テーブルに仁王立ち、あたり構わず発砲する。

客と店員が悲鳴を上げて伏せる中を全速力で駆け抜け、男を取り押さえる。

「がはっ!」

「酔って暴れるしか能がねェ男の分際で、体張ってる女をこき下ろすなよ」

瞼の裏が苛烈な赤に焼け、殺意が脳髄を犯す。

俺を正気に戻したのは女の呻き声。失神した男を従業員に任せ、一段高くなった円形ステージに飛び乗る。

「ヴァージニア!」

名前を呼ぶ。

真っ赤なランジェリーを着てたせいでパッと見わからなかったが、出血が多い。弾丸は腹を抉っている……致命傷だ。

衰弱しきったヴァージニアが、口の端に弱々しい笑みを浮かべる。

「また煙草休憩……?用心棒失格よ」

「悪ィ」

くそ。なんで。最悪だ。今じゃなくていいだろ。頭が混乱する。血脂で手が滑り、危なく頭を落としそうになる。

傾いだ上体を支え、聞く。

「ウリやめんの」

「……ビッチ・クイーンとか最低でしょ」

こないだ言った事、本気にしたのか。

「ただの源氏名だろ」

「私にはこれが、この名前しかないの。元の名前は捨てた……」

ヴァージニア。本当の名前は知らない。男の名前があるはずだ。

「哥哥にも、けは、ホントのこと話すわ」

「そうだな、案外面白がっておいてくれっかもな」

「失礼ね……」

「イイ女だし」

ヴァージニアが目を見張り、初めて脱いだ処女(ヴァージン)のようにはにかむ。

どんどん血が流れてく。

腕の中の体温が失せていく。

周囲の喧騒が遠ざかり、ミラーボールが旋回するステージ上に二人だけ取り残される。

「劉、は、なんで女が嫌いになったの?ひどいことされた……?」

「今聞くなよ断りにくい」

「教えてよ」


最後だから。


目を閉じる。


「言いたくねえ」

生まれる前に消えた親父。子供ができるなら女がいいとかほざいたクソ野郎。すっかりイカレちまった可哀想なあの人は、俺に女の服を着せ、娘として育てた。

俺もコイツと同じ、本当の名前は封印した。あの人は息子に女の名前を付けた。

最後まで不義理をするのが忍びなく、こっそり付け足す。

「……かわりと言っちゃなんだけど、ウリなら俺も経験済み」

ヴァージニアがぽかんとする。

「メンソールを喫い始めたのは口直し。じゃなきゃ誰がやるかあんなまずいの」

へどもど言い訳したのがおかしかったのか、ヴァージニアがおかしそうに笑い、それでまた傷が痛み、ごぼごぼと血を吐く。

「劉……私のこと、好き?」

深呼吸を一回、下手くそに笑って嘘を吐く。

「嫌いだよ。だって女じゃん」

「よかった」

薄っすらと微笑み、ヴァージニアは息を引き取った。


ヴァージン・クイーンは死んだ。


用心棒の仕事をサボって愛人を死なせた罰として、俺は腕を一本折られた。

まあ、安上がりな方だ。

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