埼玉県編♡
これはこれは、おばあちゃんの昔の恋物語なのよ。
聞いてちょうだいな。
おばあちゃんがあなたくらいの頃よ。
若かったわね~、おばあちゃんもあの人も……。
昔なんて、バレンタインデーという素敵な行事は無かったわね。
まして、女の人から愛を告白するなんて本当に出来なかったわ、あの時代は。
戦争の真っ只中だったから、チョコレートなんて贅沢なものも無かったし……。
だから、おばあちゃんね、出征するあの人に野薔薇を持って告白したの。
「好きです、付き合ってくんろ……」
目も合わせる事も出来ずに、おばあちゃんが俯いていたら。
「ごめんなさい」
あの人はきっぱりと言ったわ。
軍服姿の凛々しい姿で、あの人は戦地へと行ってしまった……。
おばあちゃん、それはそれは泣いたわ。物陰で。
大っぴらには泣けなったから。
戦争が終わってから、復興に向かうこの国にも兆しが出来てきたわ。
恋愛も自由に出来るようになってきたし。
あの人は、生きて帰って来たのかやっと分かったのも大分後の事よ。
おばあちゃん、今なら解るわ。
あの人は生きて帰って来れる約束も出来ない自分が答えちゃいけない。
きっとそう思ったんだわあの人。
穏やかになって来た、その年のバレンタインデー。
おばあちゃんはお墓にチョコレートをお供えに行ったの。
バレンタインと言えば、おばあちゃんにとってお線香とチョコレート。そんな思い出なの……。
「ハッピーバレンタイン」
どこからか、そんな声が聞こえた気がした。
♡「~してください」という意味の「くんろ」。
埼玉の方言ですが、今ではあまり使われることはないそう。
埼玉県以外の関東地方でも使われていた様子の方言のひとつ。