(1)内と外
北の大地の長い冬が開けて春。
ダークエルフの里で作っていた冬季用農作物は一年目と同様に育って、冬の間に得られる野菜として重宝したそう。
今回の経験を踏まえて農地を拡大できれば、来期は里全体の分を賄えるだけの作物を作ることができるようになるらしい。
冬の間に野菜が採れるようになるのであれば、その分それ以外の季節に育てる作物に余裕ができるということになる。
そうなれば余った人手を別のところに回せるようになるので、限られた人手を里が成長する方向で使うことができる。
結果として里が大きくなる――ということを長老がにこやかな笑顔で話してくれた。
雪の中で育つ作物――食べられるものは特に冬季農作物と呼ぶことにした――の種類分けに関しては、既に俺の手を離れてダークエルフの農業従事者によって行われている。
特に食べられるものと食べられないものについては、大体の分別が終わっている状態になっている。
ただし食べられない植物についても、後々必要になる可能性があると考えて駆逐するつもりはないようだ。
必要になる可能性というのは、通常の農作物と同じように連作障害が発生した場合のことを考えている。
食べられる農作物を育て続けて連作障害が発生した場合に、次に食べられない植物を植えると土壌(雪壌?)が回復することを期待しているのだ。
その試みが上手く行くかはわからないが、どちらにしても実験的に用意しているということなのだろう。
ちなみに放置しておくと雪の大地を作ってしまう種類については、既に大まかな分別は終わっている。
世界樹である俺が命令すればそれらの植物も拡大を止めるのだが、人が育てていく場合にはそういうわけにはいかない。
というわけでしっかりと分別ができるように教えたのだが、そこはさすがに植物の専門家というべきかすぐに理解して駆除できるようになっていた。
そうした分別ができるようになったからこそ、ハウスでの売買も継続して行うことができているわけだ。
次に眷属たちの状況だが、まずクインとシルクに頼んでいた子眷属の増強は既に予定通りに終わっている。
正確にいえば予定よりも多く、それぞれ四千ずつくらいに増えているのだが、これは冬に育つ植物が出てきたことによってさらに余裕ができたからだ。
眷属と違って子眷属はある程度の食べ物を必要とするのだが、それがピタリとはまったということになる。
特に人が食べられない食物を食べることによって、進化先に影響を与えることがわかったことも大きい。
アンネ率いる蟻たちについては、クインやシルクの子眷属ほどには増えていない。
子供が作れるようになってから数か月しか経っていないのだから当然だろう。
ただしクインやシルクという前例があるために、アンネにとっては子供を作りやすい環境が整っているともいえる。
とはいえ前例に従ってばかりいると似たような進化をしていく可能性もあるので、アンネらしい子眷属を作ってくれることも期待している。
その他の眷属についてだが、ラックとファイは相変わらずマイペースに業務(?)をこなしている。
でっかいどーに関しては既に予定の領域化は済んでいてファイにとっては物足りない相手になるのだが、領域内に出てくる魔物を積極的に狩っている。
それでも戦い自体を止めて他の何かをするという発想はないらしく、毎回楽しそうに出かけている。
そのファイとは対照的に、ラックは趣味に近い興味を持って色々と調べてくれている。
現在のラックの興味は魔物の進化にあるようで、子眷属だけではなく北海道内を飛び回って色々と調べているようだ。
お陰で色々な進化パターンがあることが分かっていて、決してラックの趣味だけで終わる状態ではなくなっている。
最後に狼夫婦のルフとミアだが、めでたいことにまた新しい命を誕生させている。
生まれてきた子の数は二体で前回と比べて少ないのだが、それはそれで全く問題になっていない。
狼夫婦はまた子育てに時間を取られることになるのだが、今のところ眷属全体で戦いに赴くという状況にはならないはずなので全く構わない。
というよりも、眷属全体が出撃する状況になっているということは、領域全体の危機になっているということになるので呑気に子育てなどしている余裕はない。
出来る限りそんな状況にならないように考えるのが、俺の仕事ということになる。
昨年旅立って行ったルフとミアの子供たちは、ホーム周辺には戻ってきていない。
戻るとしても今年の夏から秋にかけてだろうということをルフから聞いている。
なんでも無事に相方を見つけたとしてもすぐに落ち着くというわけではなく、しばらくの間は相方と一緒に行動して複数での狩りの仕方を身に着けるらしい。
その二人だけの時間を十分に楽しんでから、やがて落ち着いて子供を残すための準備に入る。
子眷属にとってホーム周辺は間違いなく落ち着ける場所になっていて、何があっても戻ってくるだろうというのがミアの意見だ。
俺としても狼の子眷属が戻ってきてくれるのはうれしいので、早く元気な姿を見せてほしいというのが本音だったりする。
領域内の状況は良いとして道内に二つある町(村)に関してはどうなっているのかといえば、こちらの情報は順調に集まっている。
まずダークエルフも加わって情報収集しているセプトは、以前から懸念されていた外部からのちょっかいについて既に大体の確定は終わっている。
その結果はやはり外部からの影響を受けているというのはほぼ間違いないようで、村内でもある程度の対立が発生しているようだ。
ただ対立といってもそこまで激しいものではなく、どの勢力についた方がより立場が上になるのかという牽制をお互いにしあっている様子だ。
肝心の外部というは大まかに分けて三つで、一つは青森方面と繋がっている元からいる勢力、もう一つは日本のさらに南側の勢力、さらにもう一つが大陸の影響を受けている勢力となっている。
ただ勢力といってももともとが数百人という小さな村なので、そこまで大人数でまとまっているわけではない。
当然というべきかどこからも影響を受けずに中立でいようとする者たちもいるので、どこの勢力にも入っていない者たちを引きずり込もうとしているのが現状のようだ。
セプトよりも南に位置しているノースの町は、本州に近いだけあってそれらの影響を受けている様子は見られない。
その分青森方面からの影響が強く、頻繁に船で行き来できる距離ということもあって人や物の交流も盛んに行われている。
ちなみに日本でいうところの青森岩手辺りを一つの豪族が支配しているようで、対外的にはツガルと呼ばれているようだ。
どこかで聞いたような名前なのだが、これは別に運営の手が入っているというわけではなく、ただの偶然のようだ。
何故そう断言できるのかといえば、同じようなことがあった別のプレイヤーが問いかけた結果、運営から直に似通っている地名や名前があったとしてもそれは偶然によるものだとという回答があったから。
この世界だけに手を入れているという可能性もないわけではないが、だとしても特に問題はないはずだ。
そもそも運営……というよりも上司は、プレイヤーに直接影響を与えることを極力なくしているようなのだ。
これは完全にプレイヤー側の推測なのだが、恐らく間違いないだろうという結論になっている。
真偽のほどはわからないのだが、どちらにしてもやることはあまり変わらないのでこれまで通り自分らしくこの世界を楽しむつもりでいる。
そしてそれは、他のプレイヤーも同じだろう。




